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群馬パース大教授 栗田 昌裕(東京都文京区)



【略歴】愛知県出身。東京大医学部卒、同大大学院修士課程修了。内科医師。医学博士、薬学博士。栗田式能力開発法を提唱。渡り蝶「アサギマダラ」の研究家。



渡り蝶アサギマダラ



◎環境適応の知恵学ぶ



 アサギマダラは世界的にも珍しい「渡りをする蝶(ちょう)」である。日本列島を春は北上、秋は南下の旅をして、その移動距離は国境を越え二千キロに及ぶこともある。蝶の翅(はね)にマーキング(標識)を施して放し、移動先で再捕獲をすると、渡りのコースや距離や日数が分かる。全国では多くの人がマーキング調査に参加して、インターネット上で情報交換を行っている。最近は、教育の一環として児童や生徒が調査に参加する例も増え、メディアの注目度も高まる傾向にある。

 筆者は年間を通して最も多くの標識を行っているので、子供たちの調査を指導する機会も少なくない。そこで、テレビ取材に協力しながら筆者がかかわった調査の二例の概略を紹介し、調査の意義に触れたい。

 一昨年は、再捕獲が稀(まれ)で謎が多い春の北上の解明に力を注いだ。鹿児島県の奄美諸島と大分県の姫島で標識をした結果、宮崎、広島、高知、福井、石川、長野、群馬の七県で再捕獲がなされ、旅の全貌(ぜんぼう)が見えてきた。標識した蝶は私だけで五千頭(蝶は「頭」と数える)を超えた。小学生も参加したこの調査の模様はNHKの番組「クローズアップ現代」で紹介された。

 今年の夏は福島県のデコ平という高原で一万頭以上に標識を施し、蝶の南下に合わせて筆者も旅をして、自分の標識した蝶に再会することを試みた。実際に群馬、長野、愛知、鹿児島の各県で合計二十四頭に再会できた。私の標識した蝶を他の方々が目撃、撮影、再捕獲した例は三百頭にも及んだ。高校生や小学生も参加したこの調査の模様はNHKの番組「ドキュメント にっぽんの現場」で今月十三日に紹介される。

 マーキング調査には以下の三つの意義がある。

 第一は自然教育的な側面である。優雅でか弱く見える蝶が実は気象や地形や植物や季節をしっかりと読んで長距離移動をしながら強靱(きょうじん)に生き抜いていることを知ることで、生き物が環境に適応する際の驚くべき柔軟な知恵が学べる。

 第二は、社会教育的な側面である。多くの人々が情報ネットワークを活用して協力すると、ものごとの解明が驚くほどはかどることが体験できる。デジカメや携帯電話のような画像機器の有効性も再認識できる。

 第三は能力開発の側面である。自然によく接し、よく観察する体験を経て、自然の中でよく感動し幸福感を味わう鋭敏な感性と、自然をよく理解する知的能力とを養うことができる。また生き物の知恵を生活に応用する姿勢を身につけると、困難な環境下でも新たな希望を抱き、柔軟な発想で活路を見いだし、勇気を持って前進する性格も養える。

 今後、これまでの調査で得た知見や体験を社会によりよく役立てていきたい。







(上毛新聞 2008年12月2日掲載)