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県立ぐんま昆虫の森園長  矢島 稔(東京都台東区)


【略歴】】東京都出身。東京学芸大卒。昆虫生態学専攻。1961年、動物園に日本初の昆虫部門創設。87年に多摩動物公園長就任。99年から現職。日本博物館協会棚橋賞受賞。


海外研修の教訓


◎思い込みは世間知らず



 もう十年以上前、米国とカナダの博物館の研修旅行に参加したことがある。日本は博物館が各地にあり、動物園や水族館も相当施設で社会教育の役割を果たしている。どれほど口で説明してもゾウやキリンの姿が伝えられないのは、昔そういう動物がいなかったころに描かれた絵を見れば分かる。その意味で、博物館や動物園の運営の実態を直接見せてもらえたのは学ぶことが多かった。

 ところで、それは専門分野での話だが、ホテルに泊まり、買い物をし、家や友人に手紙を出そうとポストを探したことがある。ニューヨークの街を歩きまわったが、ポストらしいものがどこにもない。不思議に思いホテルに帰って聞いた時、そうか、とわれながら苦笑してしまった。

 ポストは赤いという思い込み。それを探していたが、米国のポストは四角いアルミ製の箱で、近ごろ駅などにあるごみ箱と同じくらいの大きさであり、赤くない小さいものだった。

 スイスで野生動物保護のワシントン条約国際会議に出席し、同じようにポストをローザンヌで探した。またまた見つからない。ところが、郵便局でポストのことを聞いたら、黄色だからすぐ分かるという返事。今度は色違いのボックスだったのだ。

 つまり、育った国の「思い込み」が小さいころから身についていて当たり前になっているが、外国でもそれぞれ国の好みでデザインされているから、ポスト一つとっても違うわけだ。

 ついでにスイスでもう一つ驚いたことを述べておこう。日曜は会議がないので、友人と列車で早朝にチューリヒの有名な動物園を訪ねることにした。殆(ほとん)ど乗客がいないのは教会に行く人が多いからだろう。ならばゆっくり食堂車で朝食をとりながら景色を楽しもうと、まるで貸し切り同然の状態でしばらく談笑していた。すると途中の駅で完全武装し、手に銃や組み立て式の機関銃をもった軍人たちがどやどや乗ってきて満席になってしまった。

 戦争か、クーデターかと青くなって軍人に質問した。「いやスイスは永世中立国だから戦争はしない。今日は第三日曜日なので、街に住む四十代の男の教練の日で、この列車に乗らないとおくれるんだ」という返事。つまり国民皆兵で月に一度は年代別の教練に出る義務があるというのだ。永世中立国は知っていたが、家に軍服や銃まで保管し、その日には年齢別に集合し終日戦闘法を習得し、いざという時には国を守る義務があるというのは知らなかった。

 国を出ると「思い込み」でポストが分からず、永世中立は軍隊がないと勝手に考えているのは“世間知らず”といわれても仕方がない。




(上毛新聞 2009年1月7日掲載)