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東京福祉大・大学院教授  栗原 久(前橋市昭和町)



【略歴】】群馬大大学院工学研究科応用化学専攻修士課程修了。同大医学部助手、同助教授、和漢薬研究所を経て現職。専門は薬理学。著書に『カフェインの科学』など。


薬物教育


◎中高生では遅過ぎる



 大麻乱用の問題が深刻さを増しているが、青少年の周りには薬物乱用につながる危険が満ちあふれている。ビールはもとよりソフトドリンクと間違えるようなアルコール飲料、栄養ドリンク剤、健康食品・ダイエット食品等の宣伝は薬物に対する期待を高め、また大麻はタバコより害が少ないなどのインターネットを介する誤った情報は、薬物乱用に対する罪悪感の低下の要因になっている。

 薬物乱用とは法律や社会規範に反していることを知りながら、脳に作用する薬物を、束(つか)の間の気分転換や快楽を求めて使用することで、たった一回の使用でも乱用になる。薬物乱用を繰り返して依存状態になると、薬物を求める気持ちが強まり、薬物の種類によっては生きる目的や生活のすべてが薬物の入手と投与に向かってしまう。

 人間の脳は、創造・推理・判断といった知的活動を司(つかさど)り、知性・理性の中枢である前頭前野が発達していることが特徴で、この部位の発達は小学校低学年ごろから始まり、二十歳ごろまで続く。前頭前野の機能を高めることこそ、生物としてのヒトが、万物の霊長で高度の精神機能を持つ人間として成長したことになる。

 乱用・依存性薬物は、脳の神経細胞の活動に影響を及ぼすが、特に前頭前野が発達途中にある少年期は、薬物乱用の悪影響を最も受けやすい時期である。脳は受けた刺激を学習・記憶する特性を持っているので、一回の薬物使用でも脳内にその痕跡が刻まれる。大麻の長期乱用者では意欲や自発性の低下といった感情の平板化、記憶障害を含む知的作業能力の低下、感覚異常などが認められ、攻撃性の上昇もみられる。さらに大麻は、覚せい剤やコカイン、ヘロイン、幻覚薬など、より悪質な薬物乱用の入門薬である。

 脳内には快感や満足感を生み出す脳内報酬系と、それを刺激するドーパミンとエンドルフィンという化学物質があり、勉学、スポーツ、趣味、ボランティア活動などで目標を達成したときの快感や満足感を生み出している。薬物による束の間の快感と異なり、これらの内因性物質が生み出す快感や満足感は意欲を高め、その記憶は一生涯続く。

 小中高校生を対象にした意識調査によれば、小学五年生の約5%、中学二年生の約13%、高校三年生の約20%が薬物乱用に容認態度を示している。薬物教育は中高校生を対象に実施されているが、それでは遅過ぎる。前頭前野の発達が始まり自我が形成される小学校低学年の段階で、保護者、学校、地域が協力して薬物に関する正しい知識と規範意識を持たせ、薬物乱用を断固拒絶する姿勢を持たせるべきである。




(上毛新聞 2009年1月15日掲載)