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かみつけ民話の会「紙風船」会長  結城 裕子(高崎市金古町)



【略歴】】新潟県出身。桜美林大卒。祖母から昔話を聞いて育った口承の語り部。現在、かみつけ民話の会「紙風船」会長として語りとともに、読み聞かせ活動も行っている。


聞き手の存在


◎語りたい話思いつく



 今回は私の語る昔話の中から「お気に入りの一話」を紹介したい。それは「ごけかか」という話で要略は次のようである。

 前妻の息子がなつかず憎くてたまらない後妻がいた。彼女は年寄り和尚にこの子を殺す方法を相談する。和尚は「この毒菓子を毎日食わせろ」と、菓子を持たせる。後妻が言われたとおりにすると、男の子は「あのおかか、いいおかかだ」と、後妻になつく。後妻はこの子が可愛(かわい)くなって、和尚に男の子の命を助けてくれるように頼む。すると、和尚は、菓子には毒が入っていなかったことを話し、「おめえはやさしい女だすけ、あの子がなつけば、うまくいぐと思ったがら」と言う。

 私は祖母から聞いたこの話をずっと忘れていたが、渋川市の豊秋福寿大学でふいに思い出して語った。子どものころ、この話を「世の中本当に悪い人などいないんだ。ふたりが幸せになれてよかった」などと思い、聞いていた。しかし、豊秋で語りながら思ったことはまったく違っていた。もし私がこのおかかに相談を受けたら、きっと「子どもを殺すなんて、とんでもない」と、延々と説教を始めただろう。おかかは「やはり、私の気持ちは分かってもらえない」と、心を閉ざしただろう。おかかの張り詰めた心を察し、「ならば、毒菓子を食わせろ」と言った和尚のやり方に、「年寄りの知恵」のすばらしさを、この時初めて感じたのである。

 こんなふうに祖母の語った昔話は、大人になった今も、私にすばらしい気付きや救いを与えてくれる。しかし、祖母はそういうものを与えようとして、昔話を語ったのであろうか。それは、小さな孫の私を喜ばせたいという思いだけだったと、今の私は思うのである。祖母は自分が語ることによって、孫の私に何かの成果を期待したり、自分が人に評価されようなどとは、少しも思っていなかっただろう。やさしい眼差(まなざ)しと肌の温(ぬく)もり、そういう無償の愛の中で昔話を語ってもらったことに、私は深く感謝している。

 「ごけかか」に話を戻そう。豊秋でなぜ急にこの話を思い出したのか。それはやはり、あの和尚と同年代の人たちの前で語ったからだと思う。和尚の「年寄りの知恵」に気付いたのも同じ理由からだろう。今までも私はいろいろな場所で、語っている時に忘れていた話を思い出してきた。それは豊秋の時と同じように、そこにいた聞き手のおかげだったと思う。私はプログラムが作れない。語りの場での聞き手の存在や反応が私を語らせてくれるものだから。聞き手がいて、初めて私は語りたい話を思いつくのである。だからこそ、ひとつひとつの語りの場が、ひとりひとりの聞き手との一期一会が、この上なく大切なのである。




(上毛新聞 2009年1月20日掲載)