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染色美術家  今井 ひさ子(前橋市総社町)



【略歴】】兵庫大短期大学部デザイン科卒、同大染色研究課程修了。県美術会理事、光風会評議員。上毛芸術奨励賞、県美術展山崎記念特別賞など受賞。県立女子大非常勤講師。


日本の染色



◎浮世絵に見る奥深さ



 瓦屋根に土壁造り、何十年か前の実家です。玄関続きに四畳半の「畳の間」があり、そこは、短時間で用事を済ませて帰る客のための社交場となるスペースです。半年に一度、京都から多くの反物を積んだ車がやって来ました。箱から取り出された染め布が次々と拡げられ、艶(つや)やかな光沢を放つ絹布が舞い、四畳半の「玄関の間」は一気に華やかな空間となっていきました。

 今日の生活リズムでは、着物を着て日常の仕事をこなすことは大変難しく、その機会は少なくなっていますが、染色に関して言いますと、日本の場合は固有の和装として発展し、服飾により伝承されてきました。その様子は浮世絵の中にも見ることができます。

 浮世絵は十七世紀後半に誕生し、その美人画の中で描かれている着物の柄は、大胆かつ華やかな意匠で優れた装飾性が感じられます。十八世紀後半に入り、浮世絵版画は自由な色彩表現が可能になり、描かれた柄も多色となっていきました。多色の表現ともなれば色数分の版をぴったりと重ねるわけで、それはまさに染色技法と同じといえます。

 時代とともに、さらに色彩は豊かになり、赤褐色(丹)、紅色(紅花)、黄、青、紫など複雑な配色表現が可能になっていきました。着色には、花をはじめ、樹皮、果実など植物性の染料用顔料が用いられており、また濃紺のベロリン藍(あい)色などはインディゴという化学顔料が使われています。染色との共通点は多く、素材、技法、制作工程においても重なる部分がたくさんあります。

 浮世絵の着物に描かれた柄などの細かい細工を丹念に見ていきますと、絽(ろ)の薄く透ける襦袢(じゅばん)にまで模様が細かく刷り込まれ、凝ったデザインであることが分かります。江戸の人々の遊び心を伝えるデザインにも人気があり、盛んに染められていたことも分かります。これらの染め描かれた意匠は、時を超えて、今なお新しく私たちを魅了します。

 十九世紀末、フランスを中心としてヨーロッパで日本美術が大流行し、ゴッホも四百枚の浮世絵を収集したといわれていますし、また現在、ボストン美術館には、五万点もの作品が収蔵されているようです。海外に渡ってしまった作品群が、近年、度々日本にお里帰りをして国内の美術館で公開されています。

 作品をこのような観点で鑑賞すると、衣装に描かれている斬新で洒落(しゃれ)たデザインや配色から、当時の風俗流行の流れや、それを上手に日常生活に取り入れ身に着けて楽しむ人々の知恵を知ることができます。若い世代の人たちにもぜひ見てもらいたいと思いますし、日本固有の染色の歴史とその奥深さを多くの方々に知ってもらいたいと思っています。





(上毛新聞 2009年1月29日掲載)