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俳優・演出家  石井 愃一(神奈川県川崎市)



【略歴】沼田高卒。渥美清、蜷川幸雄の両氏に師事。東京ヴォードヴィルショー所属。映画「陰陽師」、NHK「クライマーズ・ハイ」、TBS「水戸黄門」などに出演。



私の名前



◎人には“心”で伝える



 私の生まれは沼田市です。生まれた時は「沼田町」でしたが…。昭和二十一(一九四六)年二月の生まれですから、逆算すると、私が父の体から母に移ったのは終戦になる前。よくもまあ、戦時中に…。その度胸に感謝しています。

 小学校の入学式。母と並んで校長先生の話を聞いていた時、にぎやかな音が聞こえてきました。チンチンドンドンチンドンドン。

 この音につられて私は走り出してしまいました。もちろん、母は私の名前を叫んでいました。

 小学校三年生の時は教室の窓から校庭に飛び出して、ぶらんこに乗ってしまいました。担任の先生が後を追いかけて来て「ケンちゃん、どうしたの? 授業中は教室にいなくちゃいけないのよ」と。私は言い返しました。「だって休み時間はみんながぶらんこに乗ってて乗れないんだもん。今ならだれもいないから」

 何と素晴らしい答えでしょう。先生は「この子はどういう育ちなんだろう」と考え込んでしまったでしょう。でも私は「休み時間にルールを守っていては、なかなか乗れない」という純粋な気持ちだけだったのです。

 いじめなどなかった時代ですが、子供の中には子供の力関係がありました。子供はより動物的です。私は友達を押しのけて自分を主張するほど、力関係において上位ではなかったということです。

 高校に入学して初めて自分の名前を意識しました。それまでは「ケンちゃん」と呼ばれていましたから、名前に対する感覚はあくまで「ケンちゃん」です。ところが、出席をとっていた先生が私の名前を「イシイ…」で止まってしまい、そのまま教室を出て行ってしまいました。しばらくすると戻ってきて「…ケンイチ君」と続けたのです。

 多分、辞書で調べてきたのでしょうが、これが、自分の名前の「愃」という字を読めない人が多いと知った瞬間でした。

 名前には必ず意味があります。愃一の「愃」はりっしんべんに宣伝の「宣」。りっしんべんは「心」、宣には「伝える」という意味があります。これに「口」を付けると喧嘩(けんか)、喧噪(けんそう)の「喧」。口で伝えるとやかましく、もめ事になるかもしれませんが、私の「愃」は心で伝えるということ。親からもらった本名です。

 私の職業は俳優。人に伝えるには心がなければいけません。今もそう思っています。心のこもっていない言葉は感動させることができません。命が入っていないからです。

 芝居の台詞(せりふ)を覚えただけでは、暗記したことを復唱しているにすぎません。そこに心を込めることによって、初めて生きてくるのです。観客の胸に迫ることができるのです。






(上毛新聞 2009年2月5日掲載)