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青山学院大総合文化政策学部准教授  宮澤 淳一(東京都杉並区)



【略歴】太田市出身。青山学院大、早稲田大卒。トロント大客員教授などを経て2008年4月から現職。著書『グレン・グールド論』(吉田秀和賞)、『マクルーハンの光景』など。



感動するCDの買い方



◎原則は「一度に1点」



 世間では「感動する~」「泣ける~」といった表現で、映画、アニメーション、小説、歌などを語ることが増えているらしい。そういう作品を紹介したり、「教えて」と呼びかける声がインターネットを飛び交っている。しかし作品の選定基準をこの二つの言葉に絞ってしまってよいのか。そんな疑問はともかく、ここではCDの「感動する買い方」を指南したい。原則は「一度に一点だけ」である。

 これはLPレコード時代以来培ってきた経験則だ。店に行き、アルバムをあれこれ手に取り、ジャケット写真をにらみ、オビの宣伝文句を読み、価格と裏面のデータを確かめる。

 店内をまわれば、欲しい盤は数点出てくる。しかしそれをあえて一点に絞り、購入する。理由は主観的でよいが、とことん悩んだ末に一点だけ購入することが大切。帰宅し、盤をプレーヤーで再生する。そのとき響いてくる音楽は、まず期待を裏切らない。一度聴いただけで「感動」するとは限らないが、一枚の盤に込められた完結した小宇宙を堪能でき、聴けば聴くほど心に滲(し)み入るものがあり、盤への愛着も生まれる。

 逆に、欲張って二点も三点もまとめ買いをしたときには、どれもあまり「感動」せず、盤への愛着もわかない場合が多い。

 理由はわからない。熟考するから本当によいものが選べるのかもしれないが、むしろ一点に絞ることで、期待を高め、感受性を研ぎ澄まし、真摯(しんし)に聴こうとする心の準備ができるのではないか。

 どんなCDも商品として売られているからには、一定水準の芸術性は確保されており、その素晴らしさを届けたいという作り手側の熱意がこもっているはず。芸術性と熱意の双方をそっくり受けとめてこそ「感動」が始まる。購入を一点に絞らない場合、そうした心の準備がうまくできないのではないだろうか。

 あいにくこうした「一度に一点」のプロセスは、もはや時代遅れかもしれない。ここ数年来、クラシック音楽では新録音の点数は激減し、最後の大放出とばかり、往年の名盤が一枚あたり数百円の超廉価CDとして大量販売され、店でもネット通販でも、まとめ買いが普通になった。ポピュラー音楽は一曲単位のネット配信に移行が進む。やがてCDの時代も終わるのかもしれない。

 一枚の円盤に一個の小宇宙を託し、音楽ファンがそれを一枚ずつ受け取り、その内面に取り込む営みが消えるとき、音楽体験はどうなるのか。「感動」が消えるとは思わないが、質は変わるし、体系的な美的世界を扱う想像力が衰えないかと心配だ。だがそれに備える意味でも、もうしばらくは「一度に一点」の原則で聴き方の密度を高め、感性を磨いておきたい。






(上毛新聞 2009年2月6日掲載)