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落語家  三遊亭 竜楽(東京都墨田区)



【略歴】前橋市出身。中央大法学部卒。1986年、三遊亭円楽に入門。92年、真打ち昇進。中央大で学員講師。日本放送作家協会員。著書に『笑いがわかればあなたは変わる』。



北上の「尻餅」



◎貧乏を楽しむ豊かさ



 岩手県北上市で独演会を始めて十数年がたつ。会場は北上川のほとりに建つ「展勝地レストハウス」。館内には地元で取れた野菜、果物を中心に海産物、工芸品など岩手の名産が所狭しと並ぶ。悠然と流れる大河を眺めながら新鮮な食材に彩られた料理に舌鼓を打つ。まさに至福のひと時だ。

 ここで売られている餅(もち)が抜群にうまい。“何を入れているんだ”と同業者の間で話題になったほどだ。

 「ちゃんと搗(つ)いているだけですよ」とは現場を取りしきる軽石昇社長の弁。皆が機械搗きの味に慣らされているので臼で搗いた餅に驚くのだそうだ。もちろん数々の工夫があったうえでのことだろう。

 朝一番で若い衆二人が餅を搗く。一臼が四升。丸餅(地元では銭餅と呼ぶ)が百二十個出来る。これを毎日二臼。注文があれば五臼搗くこともある。同行した前座に杵(きね)を持たせたことがあったが、数分で音をあげてしまった。

 本年の初笑いは一月十日。終演後お客さまに搗きたてをおすそわけする“餅蒔まき”は恒例のお楽しみだ。トリの一席は名物にちなんで「尻餅」を口演した。

 何かと物入りな年の暮れ。餅屋を呼ぶ余裕のない夫婦が声色を使い隣近所に向けてひと芝居打つ。親方と職人二人の役を器用にこなした亭主だが、困ったのは餅搗きの音だ。おかみさんのお尻を臼に見立て手のひらを杵代わりにペッタンペッタン…。

 二ツ目昇進時に教わった噺(はなし)だが初めはまるでウケなかった。理解力が足りないと気づいたのは数年後である。この夫婦、世間体を気にしてはいるが、ただの見えっ張りではない。その証拠に見えないところできちんと演技している。ちり紙を祝儀袋に見立てて渡す、こね返し用の水を支度するなど…。苦境にあってもシャレ心を忘れていないのだ。極め付けのセリフがある。「おっかあ、こんな粋な遊びは金持ちじゃできやしねえよ。みんな貧乏のおかげだい!」

 ここでドッとくれば成功だが笑いは起こらない。演者に余裕がないので貧乏を楽しむ夫婦の豊かさが表せないのだ。それがわからず試行錯誤をくり返した日々…。

 新春寄席は大爆笑でお開きとなった。社長のもらしたひと言が忘れられない。「まずいクズ米でも臼でていねいに搗くといい餅になるんだよね」

 芸の修業にも通じる言葉だ。未熟なものがこねられ、たたかれ、やがてうまい!とほめられるようになる。かけた手間は無駄にならないのだ。

 重い杵に腰をふらつかせた前座も今や中堅の二ツ目。先日久しぶりに彼の高座を聴いた。かたかった新米がじわりとモチ味を出してきたようだ。






(上毛新聞 2009年2月20日掲載)