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県立女子大非常勤講師  小畑 紘一(東京都北区)



【略歴】東京都生まれ。疎開で前橋市へ。前橋高、慶応大経済学部卒。外務省に入省しウズベキスタン大使、ヨルダン大使など歴任、2006年3月退職。06年10月から現職。


赤城大明神の行為



◎見習いたい謙譲の精神



 上野の国の二宮は赤城神社です。赤城の名のつく社は県内には、一説に七十六あるといわれ、一番数の多い神社です。赤城神社は遅くとも平安時代には存在していました。

 神社の祭神は大国主命(おおくにぬしのみこと)の別名である大己貴命(おおなむちのみこと)と宗神天皇の皇子で古代上毛野(かみつけぬ)国国の支配豪族、上毛野氏の始祖である豊城入彦命(とよきいりひこのみこと)の二つの系統がありますが、両者ともご神体は赤城山(赤城大明神)です。

 ただ、平安時代にあった神社の後裔(こうえい)が現在の富士見村赤城山の赤城神社なのか、前橋市三夜沢町の赤城神社なのか、それとも前橋市二之宮町の赤城神社なのかはわかっていません。赤城山は祖霊の住む山、水の源の山、修行の山として崇敬されてきたので、神社の性格も山の神、水分の神、農耕の神など多様です。

 神社にまつわる説話には、大沼に入水した娘が赤城大明神である竜になった話、赤城大明神と日光の二荒(山)大明神がそれぞれムカデとヘビに姿を変え中禅寺湖の領有をめぐって争った話などがありますが、注目したいのは南北朝期の『神道集』に収録されている話です。

 それは、「ある日赤城大明神が機を織っていると絹笳(きぬくだ)が不足して仕上がらない。狗留吠(こうるはい)国(インド)から来た好美女という神(これは機織りの神)がこれを持っていたので借りて織り上げた。このように多くの財を持っている神を他国にやってしまってはもったいないので、この神に自分の一宮の地位を譲り日本に留まってもらった」というものです。

 この好美女が前回紹介した一宮貫前神社の祭神比売(ひめ)大神です。赤城大明神は自分の地位をなげうって好美女を日本に留めさせたのです。この大明神の行為は、まさに謙譲の美徳です。これにより上野の民は養蚕・織物の技術を取得し栄えたのです。

 一方、現在の社会を見ると、とかく地位に綿々としがみついている人が多いです。これは社会の新陳代謝を阻害し活力を失わさせるものです。また、この「地位」を「権利」という言葉に置き換えれば、国際的にはお互いが自分の考えを一歩も譲らないために多くの争いが起こり、社会の発展が阻害されています。一九四八年に始まり今も続くイスラエルとパレスチナとの紛争は、その好例です。国内でも自分の権利を主張するにきゅうきゅうとして人間関係がぎすぎすしたものとなっています。お互いが相手のことを考え、ちょっと譲り合うだけで、活気に満ちた、気持ち良く住める社会は生まれます。今こそ我々は赤城大明神の謙譲の精神を見習うべき時期にいるのではないでしょうか。





(上毛新聞 2009年2月25日掲載)