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県自然環境調査研究会員  斉藤 裕也(埼玉県小川町)



【略歴】横浜市出身。北里大水産学部卒。環境調査の専門家として尾瀬ケ原、奥利根地域などの学術調査に参加。ヤリタナゴ保護に取り組み、ヤリタナゴ調査会会長。



ヤリタナゴの生息地



◎営農形態の変化で急減




 タナゴという名の小魚をご存じだろうか。かつては県内の平野部の池や小川や農業用水路でメダカやフナなどとともに見られた、ちょっと美しい五センチほどの小魚の総称である。

 県内にはかつて五種のタナゴたちが生息していた。いずれも繁殖期のオスは独特の体色になって、観賞魚として人気がある。ミヤコタナゴは一九四七年まで館林の城沼で記録され、もし生き残っていれば国の天然記念物や種の保存法の指定種である。ほかにもヤスリメと呼ばれたゼニタナゴ、シラタと呼ばれたマタナゴ、さらにヤリタナゴやアカヒレタビラなどが生息していた。このタナゴの仲間はすべての種が繁殖のために二枚貝(マツカサガイ等)を必要とする。この二枚貝の生息環境は、県内の池や河川が改修されてほとんど残されてないのである。

 ヤリタナゴなどの生息する場所はメダカなどと同じように、かつての未改修の小川や素掘りの用水路であった。さらにヤリタナゴは小川の砂礫(されき)底に生息する五センチほどのマツカサガイに産卵しないと繁殖することができない。現在、県内でメダカの生息地は十カ所以上あるが、在来種のタナゴはヤリタナゴが一生息地、藤岡に残るのみとなっている。

 ここまでヤリタナゴが減少してしまったのにはわけがある。ヤリタナゴが卵を産むマツカサガイの生息地が藤岡の現在の生息地周辺にしかないのである。小魚は泳いで移動することは容易であるが、二枚貝はそうはいかない。川底の砂泥に半分隠れて水菅を出しているのが普通で、必要な時は舌のような足を出して砂の上を移動するが、その速さは一分間で数十センチほどでしかない。さらに水底にいるので、水温が上昇した時などにおきる底近い場所の酸素不足にはひとたまりもないのである。

 ヤリタナゴやマツカサガイが生息したかつての小川は、ほとんどが農業用水路として整備され、護岸されたり、三面コンクリートで固められ、田んぼに水が要らない季節には水が止められ、周辺の家々からは家庭排水のみが流入する。田んぼに用いる水の供給方法が変わったことも生息地が一カ所までに減った大きな要因である。ヤリタナゴは一日でも水が切れたら生きていけないのである。さらには農業で用いられる農薬によっても多くの個体が死んでいった。最近は農薬の怖さを誰もが知っているが、農薬が使われだしたころには、今では考えられないほど魚毒性の強いものや、残留性の高いものが使われたことがあった。

 さまざまな要因の結果、ヤリタナゴとマツカサガイが一緒に生息できる場所は、県内には一カ所しかなく、生き残った数もヤリタナゴは三十個体程度ではないかと推定された危機的な時があったのである。






(上毛新聞 2009年3月7日掲載)