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俳優・演出家  石井 愃一(神奈川県川崎市)



【略歴】沼田高卒。渥美清、蜷川幸雄の両氏に師事。東京ヴォードヴィルショー所属。映画「陰陽師」、NHK「クライマーズ・ハイ」、TBS「水戸黄門」などに出演。



人生の曲がり角



◎「好きな俳優の弟子に」




 高校生のころ、私は「何になりたいのだろうか」と考えていましたが、「大学へ入ってからゆっくり考えればいいや」とも思っていました。しかし、私の家にそんな経済的余裕はありませんでした。

 「何になりたいのか」―。思い起こせば小学四年生の夏休み。『夏休みの友』という絵日記があって、最後のページに「将来何になりたいですか」という質問が載っており、そこに「映画俳優になりたい」と書きました。

 中学校では演劇部の手伝いをしました。とはいっても舞台装置を作ったりすることばかり。男子がいなかったので、ちょうどよかったのかもしれません。

 高校には演劇部がありませんでした。沼田高校の学園祭の時、教頭先生が私に「ウチの高校で何かできないか」と相談してきました。考えた末、当時の三遊亭歌奴(現三遊亭円歌)の『授業中』を、私の作・演出・出演でやりました。結果は大成功でした。皆が大学の志望校を決めている時に「石井は俳優になるんだろ。やる事が決まっていていいな」と友の声。「私が俳優になれるんだろうか?」と反すうしながらも、東京へ向かいました。

 しかし、東京に親せきはなし。仕送りも無理。「ならば寮がある所で働きながら…」と思い、就職しました。それから一年半。会社へは一番早く出勤するように心掛けました。心に「やましい」気持ちがあったからです。「いずれ辞めて芸能界に入る」「一番好きな俳優の弟子になるんだ」。いつも自分に言い聞かせていました。

 そして決めたのは「渥美清の弟子になる」こと。でも、どこへ行けばいいのか分からず、喜劇人協会に問い合わせました。「渥美清さんの住所と電話番号を教えてください」「そういうことは教えられません」。でも「知らない」とは言わなかった。ならば根比べ。電話は一回十円。百回かけても千円。「千円で好きな職業と出合えれば安いもんだ」。

 三百五十円ぐらいで渥美清事務所の電話番号を教えてくれました。当時喜劇人協会に勤めていた沖縄県出身のキナユナさん、ありがとうございました。こんどは渥美清事務所が相手。こちらも難敵でした。三百円ほどかけたころ、渥美さんのマネジャー高島幸夫さんから、私の勤めていた会社に電話が入りました。「今から事務所に顔を出せるか」。

 暑い夏の盛り。京橋の角を右に曲がった松崎ビルの地下一階。私は電話を受けてから、走りに走って汗だくでした。それを街角で見ていた高島さんが「歩いて来たら断ろうと思った」と後日話してくれました。私が走った街角は、人生の曲がり角だったのでしょう。






(上毛新聞 2009年3月8日掲載)