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かみつけ民話の会「紙風船」会長  結城 裕子(高崎市金古町)



【略歴】新潟県出身。桜美林大卒。祖母から昔話を聞いて育った口承の語り部。現在、かみつけ民話の会「紙風船」会長として語りとともに、読み聞かせ活動も行っている。



心をとらえる語り



◎魂もつ言葉に乗せて




 私が初めて人前で語った昔話は「子育て幽霊」である。死んだあねさ(長男の嫁)が墓の中で男の子を産み、幽霊になって、棺おけの中に入れてもらった六文銭で飴(あめ)を買い育てる。それを飴屋が見つけ、赤ん坊は助かるという内容である。

 この話は幼い私のお気に入りの一話で、夜寝る時必ずこの話を最後にしてもらうのが、祖母と私の決め事だった。私は幽霊をとても怖がる子であったが、このあねさの幽霊だけは怖いと思わなかった。このやさしく美しい(と、思っていた)幽霊が好きで、会いたいとさえ思ったのである。

 しかし、それ以上に私の幼い心をとらえたのは、このあさねの産んだ男の子だった。祖母の話が終わり目を閉じると、私はいつもこの子のその後を思い描くのであった。それは、生まれた時すでに母のいない薄幸の少年ではなく、あふれんばかりの母の愛に包まれて、生まれ育つ幸せな少年だったのである。そして、この少年は幼い心の中ですばらしい人間に成長してゆく。その姿は毎晩異なり、人々を苦しみから救う英雄だったり、人の心を打つ天才画家だったりした。そんなすばらしい青年になった男の子を想像して、幼い私はとても幸せな気分になり、安心して眠りにつくことができたのである。

 しかし、大人になって子供を産むと、私はあんなに好きだった男の子のその後より、母としての幽霊の深い愛に心引かれるようになった。棺おけの中の六文銭は三途(さんず)の川の渡し賃。これがなければあの世へは行けず、この世でも生者との正常な交わりは望めない。それは永遠の孤独地獄だ。そのうえ、この金がなくなれば結局この子は死んでしまう。それでも、目の前の子の一時(とき)一秒の命が愛しくて、この母は六文銭を使ってしまうのである。私はこの話を聞く時の母たちの顔が好きだ。みんな真剣で、中には涙ぐむ人さえいる。それを見ていると、どんなに時代が変わっても子を思う母の心は変わらないと実感するのである。

 この話はおそらく、私が一番多く語ってきた話だろう。しかし、子育てが終わると、私はこの話を前ほど語らなくなった。かわりに「ごけかか」や「鶴女房」を多く語るようになった。そんなふうにして、これからも人生の分岐点で私の語る話は変わっていくのだろう。それは語り口にもいえる。語り部はそれまで生きてきた人生の欠片(かけら)と聞き手への思いを、知らず知らずのうちに言葉に乗せて語っているのかもしれない。そして、その言葉は魂を持った言霊(ことだま)なのかもしれない。だからこそ、祖父母や父母(ちちはは)というようなごく身近な人によって、平凡な日常の中で語られた話が、とぎれることなく延々と伝わってきたのではないだろうか。






(上毛新聞 2009年3月16日掲載)