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国土防災技術(株)技術本部副本部長  小菅 尉多(渋川市北牧)



【略歴】北海道大農学部林学科卒。現職のほか、武蔵流域研究所代表取締役。利根川上流域で発生した土砂移動が下流河川に与える影響について調べている。



天明泥流発生のなぞ



◎「柳井沼の形成」に注目



 二月二日に小規模噴火を起こした浅間山は日本を代表する活火山です。天明三年には約千五百人もの死者を出す、わが国火山災害史上、特筆すべき大惨事を引き起こしました。

 多くの死者を出した現象は、噴火に伴い発生した天明泥流(水と土砂の流れ)です。これが発生しなければ、死者は軽井沢の噴石による数人だけで、日本の噴火災害史上、これほどまでに注目されることはなかったものと思います。

 学術的な興味がそそられるのもこの天明泥流です。特にこれがどのようにして発生したのかということに対してです。それは、約一億立方メートル(現在計画中の八ツ場ダムの総貯水容量に相当します)もの土砂と水の流れが、雨も降っていない日に吾妻川から利根川を突然、流れ下ったからです。

 天明泥流の発生直後、現地を調査した幕府勘定吟味役・根岸九郎左衛門鎮衛(やすもり)は、これが山頂から発生したという説と、山腹から発生したという説があるが、どちらとも断定できなかったと述べています。当時からその発生は不思議がられていたのです。

 天明泥流の発生については、ここ二十年間でいろいろな事実がわかってきました。それでもまだ統一見解は得られていません。

 おおむね一致しているのは、現在の鬼押出園に分布する凹地形で天明泥流の基になる何かが発生したということです。ここには噴火当時、柳井沼が存在していたことが絵図等からわかっています。

 さて、天明泥流の発生にかかわる問題の論点は、(1)天明泥流の水量はどこから供給されたか(2)当時存在した柳井沼はどのようにして形成されたのか(3)泥流となる駆動力は何か―の三つと考えます。

 この中で特に(2)に注目しています。この柳井沼が地すべりによって生じた冠頭部の沼地だと見るのです。そこに鬼押出溶岩流が流入し、柳井沼を覆い尽くし、その重みにより地すべりが再移動するとともに、覆い尽くした溶岩と水との間で水蒸気爆発が起こり、これが駆動力となって、地すべりが動きだしたのだと考えるのです。

 その結果、地すべり地の上部土塊が、乾いた土石なだれとなってまず鎌原村を襲います。そして、地すべり地内の地下水が土塊と混じり合って泥流となり、その後を追いかけ、低めの谷を流れて、吾妻川に流入し、利根川を流れ下ったものと考えます。

 こう考えると天明泥流の発生がうまく説明できそうに思えるのですが、まだ仮説の域を出ません。また、こう考えざるを得ないところにこの現象の特異さがあります。

 この天明三年の浅間山の噴火は、想定外の現象が発生することもあるのだと私たちに教えているのかもしれません。





(上毛新聞 2009年3月30日掲載)