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脚本家  登坂 恵里香(横浜市瀬谷区)




【略歴】渋川市出身。早稲田大第一文学部卒。会社員を経て脚本家に。主な作品にテレビドラマ「ラブの贈りもの」「虹のかなた」、映画「チェスト!」(小説も発刊)など。



盲導犬育成の知恵



◎叱った後は「グッド」で




 盲導犬候補の仔(こ)犬を育てる家族のドラマを書くため、訓練所を頻繁に訪れたのは二十代の後半。今から十数年前のことだ。時が過ぎ、小学生の子供を持つ母親の立場になった今、意外にも当時得た知識がとても役立っている。盲導犬育成にまつわる話は、子育ての知恵の宝庫だったのである。

 当時の所長さんから聞いたことの中で特に印象的なのは「しつけはグッド(いい子ね)で締めくくる」という話だ。

 盲導犬は、ユーザーの安全を守るという大切な役割があるため、一般の愛玩犬に比べ、やはりしつけは厳しい。だから育っていく過程において、「拾い食いはいけない」「無駄吠(ぼ)えはいけない」など、「ノー(それをしてはいけない)」と叱(しか)られる場面も多い。が、そうやって叱られてばかりいると、犬もだんだん落ち込んで萎縮してしまうそうである。そんな時はどうするかというと、「『シット』(お座り)や『ダウン』(伏せ)などの簡単な用を言いつけ、できたら『グッド!』と思いきり褒めるのです。『ノー』と『グッド』は必ずワンセットです」。

 核家族化が進み、地域の教育力も低下してきたと言われる昨今。世のお母さん方の悩みは、「子供を叱りすぎてしまう」ということではないだろうか。

 父親が帰宅するまでの何時間か、「今日の分の勉強は?」「ゲームは○分の約束でしょ」。気がつくと小言ばかり言っている。言う方も言われる方も憂鬱(ゆううつ)である。険悪な雰囲気になるのを避けたいがために、子供のしたい放題にさせてしまう、そんな事態に陥っている家庭も少なくないのではないだろうか。

 家庭には、子供を独り立ちさせるという大切な役割がある。自立に必要なしつけに腰が引けることがあってはならない。叱る時は叱る。ただ、その後を「グッド」で締めくくればよいのである。

 カッカしている時に肯定的な言葉をかけるのは、確かに難しい。が、「そこのお醤油(しょうゆ)取って」とか簡単な用事でいいのだ。取ってくれたら心から「ありがとう」。

 この場合は、お醤油を取ったという行為に対する「ありがとう」だが、言われた方には不思議と「自分の存在への肯定感」が広がるのである。

 「ノー」をつきつけたまま、その場面を終わらせない。「ノーとグッドは必ずワンセット」。やってみると、まず自分が楽しくなってくる。






(上毛新聞 2009年5月9日掲載)