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ワイン醸造責任者  仁林 欣也(山梨県甲州市)




【略歴】館林市出身。立正大経済学部卒。地方公務員を4年で退職。山梨でブドウ栽培と醸造を実地で学び、2002年からシャトージュン(株)の醸造責任者として勤務。


気品あるワイン造り



◎積極的に手間をかけて




 木樽(だる)にワインを入れておくと、木目を通して酸素が少しずつ供給されて、酸化熟成されていきます。それに対して瓶詰めされたワインは酸素をほとんど通さなくなるので、還元熟成という最終ステージに入ります。ワインを瓶詰めするまでの間、造り手は何をしているのでしょうか。

 樽に入れてあるワインは勝手に減っていきます。木目が吸収してしまうのと木目を通して蒸発してしまう分で、年間約8%から10%は失われていきます。これをそのままにしておくと、樽内の上部には空間ができてきて緩やかな酸化熟成の状態から急激な酸化状態となってしまい、ワインを傷めてしまう原因になります。そこで目減りした分を他のワインで補充してあげます。この作業のことをウイアージュ(補酒)といい、約一週間から十日の間隔で行われます。

 このとき、ただほかのワインを上から補充するのではなく、ある作業を同時に行います。バトナージュといって、ゴルフのパターのような形状をしているステンレス製の棒を使って、ワインを攪拌(かくはん)します。この作業は、酸化的な状態にある樽上部のワインと酸素のない還元的な状態にある底部のワインを均一化することにより、味わいのバランスを取ることを目的としています。また、もう一つ重要なことは、底にたまっている澱(おり)を舞い上げることにより、うまみを増加させ、ワイン中にある嫌な香りの成分を吸収し、より厚みのあるクリアなワインに仕上げることが挙げられます。私の場合は、最初に底までバトンを入れて、四往復攪拌し、右側と左側を上下におのおの二往復動かします。

 現在弊社では、赤、白合計で二十一樽あり、それぞれこの作業を行っています。赤ワインでは一年、白ワインでも半年くらいこの作業を行います。「ぶどうのない時期のワイン屋さんは暇でしょうね」とお客さまから言われることがありますが、思いのほか忙しくしています。

 ワインは原始的なお酒で、果汁を搾れば自然に醗酵(はっこう)が始まり、二週間もすればワインになってしまいます。造り手は見守ることが仕事のようなものです。しかし、ワインを成熟した気品あるものに育てるには、時として積極的に手を出してあげなくてはなりません。これはワイン造りにかかわる人間の責任だと思います。

 今月末からは白ワインの樽出しが始まります。瓶詰め本数にして約三千五百本。ここから先の熟成は、ワインがどんな経験を重ねて瓶詰めされたのかによって、良くもなり、悪くもなります。私の仕事はほぼ終わりました。あとはワイン次第です。どこか子育てに似ています。






(上毛新聞 2009年5月12日掲載)