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染色美術家  今井 ひさ子(前橋市総社町)



【略歴】兵庫大短期大学部デザイン科卒、同大染色研究課程修了。県美術会理事、光風会評議員。上毛芸術奨励賞、県美術展山崎記念特別賞など受賞。県立女子大非常勤講師。


美術館で思うこと


◎家族で鑑賞する機会を




 さわやかな風を受け、広い公園の中を子供たちが走り回り、大人たちは暖かな日を浴びながら子供たちを見守っている。平和な時間が流れています。

 公園内には美術館があるのですが、美術館に近づくにつれ、人は疎まばらになり、館内には誰もいません。公園で感じた家族の賑にぎわいも消え、自分の靴音が気になるほど人けがないのです。

 数年前に訪れた海外の美術館での出来事が思い出されます。約四メートル×八メートルの大キャンバス絵『アレキサンドリアでの聖マルコの説法』を見に行きました。この作品は通常の宗教画とは異なり、劇の舞台セットのような画面構成で、物語性の強い作品です。名画は、間近で鑑賞していても他の鑑賞者の邪魔にならないほど大きな部屋の正面に展示されています。

 私の後ろに十五、六人の園児のグループが来ました。やがて絵から五メートルほど離れて床に座り、先生の説明を静かに聞いています。子供でも親しみやすい明るい色調の宗教画で、描かれたキリンやラクダに子供たちの想像はふくらみます。

 先生の質問に小さい声で答えながら、懸命に画面を観察しています。そしてスケッチブックに絵画に描かれているモチーフを模写し、クレヨン彩色し、自分の目がとらえた形で描いています。園児たちは絵から少し離れたところでひとまとまりになり、走り回る子はいません。静かな時間の中に溶け込んでいました。

 他の美術館でのことも思い出されます。現代美術を集めた美術館でしたが、部屋の規模が比較的小さめで鑑賞する人々が視界に入りやすく、話し声や音が伝わってくる空間です。そこへ十二、三歳ぐらいの少年たち数人が入ってきました。

 少年たちの動く気配は感じますが、空気は静かなままです。不思議に思い、振り返ると、彼らは靴を脱いで音を立てないように静かに鑑賞しているのです。これら二つの国で遭遇した出来事は、いずれも日本では見られない光景でした。

 日本の美術館でも優れた絵画が収蔵され、美術の楽しさが伝わるように子供たちへのさまざまな試みが行われています。このような企画に家族で参加、遊びの中に美術品の鑑賞も組み込んでみてはどうでしょう。

 公園の敷地内に美術館があるならば、ちょっと足を延ばしてみませんか。日常的に芸術作品にふれながら、他の鑑賞者への思いやりやマナー、文化財や芸術品を大切に思う心などを培い、早い時期から家庭で子供たちの潜在能力・創造力と社会性を育(はぐく)み伸ばしていきたいものです。

 そのためにも、公立の美術館では常設展示への入場無料化が望まれ、家族・老若男女すべての人たちが、優れた芸術作品を自由に鑑賞できる環境を整えることも必要だと思っています。






(上毛新聞 2009年5月20日掲載)