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商工中金前橋支店長  三室 一也(前橋市千代田町)



【略歴】東京都出身。東京大卒。現在、商工中金前橋支店長。主著に身近な話題を掘り下げて考える親子の会話をつづった『親と子の[よのなか]科』(ちくま新書)がある。


標準化への戸惑い


◎「非主流」にも脚光?




 群馬に単身赴任中の中年サラリーマンである。

 愛する家族がいる東京の家に帰ると、時々戸惑うことがある。妻のつれない素振りに…ではない。水道の蛇口に…である。単身生活を営むマンションの蛇口は「下げると出る」。東京のわが家の蛇口は「上げると出る」。慣れというのは恐ろしい。日ごろはマンションの蛇口にすっかり慣れ切っている。時々帰るわが家の蛇口を閉めるつもりで上げると、思いっきり全開、シンクの周りをぬらしてしまうことがある。

 阪神淡路大震災以降、それまで二つの方式があった蛇口が「上げると出る」方式に統一された。わが単身のマンションが旧(ふる)い方式のままだということになる(「下げ」方式だと地震のとき落下物が当たって水が出っぱなしになる可能性があるということだそうな―蛇口ならぬ蛇足コメント)。

 どんなものでも利用者にとっては、ルールは一つに統一されている、つまり標準化されている方が良い。慣れってもんがあるから。パソコンも、文字キー配列がメーカーによってバラバラだったら、世の中は相当混乱するはずだ。かくしてさまざまなものが標準化=スタンダード化されていく。ただ、標準化によって排除される「旧い」ルールに慣れ切った人は戸惑うだろう。旧い方式の蛇口のように。例えば昨年の北京オリンピックのJUDO。欧米の考えを多く取り入れたルールに日本の柔道選手が戸惑っていたこと。記憶に新しい。

 企業経営についても欧米主導で標準=スタンダードが決められ、日本的なやり方に慣れ切っていた企業が戸惑うことが少なからずあったように思える。ISOがその最たるものだと言うと言い過ぎか。広い意味で、短期的利益重視、株主価値の最大化などグローバルスタンダードと言われる経営の考え方もそうだ。

 ところで最近ある欧米のビジネススクールのセンセイが書いた論文を読んでびっくりした。新時代のマネジメントについて「企業は、株主価値の最大化ではなく、もっと高潔な目的を持つべきだ」「心揺さぶる理念を日常業務に反映するための方法を探る必要がある」などと書いてある。日本的経営の神様、松下幸之助翁の言葉と見まがうのは私だけか。

 ひょっとしたら、足元の苦境を乗り越えた時、今までスタンダードではないもの(非主流)として端に追いやられていた日本的な経営のあり方が再び脚光を浴びる…かも知れない。そう考えると苦境の先を想像することがエラく楽しくなる。もちろん慢心は禁物だろう。蛇口ならぬふんどしを締め直して、地道に愚直にこの素晴らしい日本的な経営のあり方に磨きをかける。それが王道=スタンダードへの道かも知れない。





(上毛新聞 2009年5月22日掲載)