視点 オピニオン21
 ■raijinトップ ■上毛新聞ニュース 
.
商工中金前橋支店長  三室 一也(前橋市千代田町)




【略歴】東京都出身。東京大卒。現在、商工中金前橋支店長。主著に身近な話題を掘り下げて考える親子の会話をつづった『親と子の[よのなか]科』(ちくま新書)がある。


コタツと団欒



◎売れるイメージ作りを




 群馬に単身赴任中の中年サラリーマンである。

 単身赴任生活を始めてしばらくたち季節が巡ると、「ああ最初から持ってくれば良かった…」と思うモノが必ず出てくる。愛する家族との団欒(だんらん)のぬくもり…がその最たるものなのだが、悲しいかな、それはそもそも持参不能である。

 私の場合、夏の転勤だった。猛暑の中での引っ越し。したがって寒さの備えに対する想像力に欠けていた。冬になって気づいたのだ。ああ、コタツを持ってくれば良かった…と。

 でも「買っちゃおうか。いや単身生活中だけのことだからもったいないし…」なんぞと思いを巡らしている間に季節もまた巡り、買いそびれる。なんとコタツを買うべきか否かを人生の大きな課題かのように悩みつつ3回も越冬してしまった。

 ところで、このコタツ。カラッ風吹く群馬でとうとう買わずに私は単身生活を終えようとしているが、カラッ風ならぬ海風がそよぐ年中温暖なあの沖縄でも、持っている人が結構いるという。どの程度の人が持っているかって。なんと、9割の家族が持っているそうだ。

 さてここで、疑問がわく。なぜ沖縄の人がコタツを持っているのか。

 私の子供たち(まだ小学生のころ)はこう答えた。「こたつのなかに氷を入れてクーラー代わりにする」と。末尾の略歴に紹介されている「親と子の[よのなか]科」の延長線にあるわが家の団欒の1ページなのだが、それにしても、いまだに感心(寒心?)極まるチョー突飛(とっぴ)な答えである。

 さて正解。コタツの持つイメージ=団欒を求めて沖縄の人は買うそうである。コタツ自体が欲しいのではなく、コタツに結びついた「温かい家庭」というものが欲しいそうなのだ。

 成熟したと思われるモノでも、あるいは機能だけ見れば必要ないと思うモノでも、そのイメージの作り方によっては売れるモノがある。沖縄のコタツの話を通じて、あらためてそんなことを強く思い知らされる。

 少子化だから売れない、過疎化が進むから売れない、競争が激しいから売れない…。このように売れない理由を必死に考えることは可能だ。だけど…そこからは何も生まれない。

 「売れない」と思っているモノ・コトについて、差し当たり「団欒」「癒やし」「エコ」「健康」…そんなイメージ作りから始めるのはどうだろうか。それだけで道が拓(ひら)けるほど「よのなか」甘くないことは承知している。でも、少なくとも「商い」が「飽きない」くらいささやかな楽しみがそこにはあるハズである。

 追伸―7月いっぱいで東京に転勤することになりました。大好きな群馬に感謝の気持ちを込めて最敬礼!






(上毛新聞 2009年7月14日掲載)