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染色美術家 今井 ひさ子(前橋市総社町)




【略歴】兵庫大短期大学部デザイン科卒、同大染色研究課程修了。県美術会理事、光風会評議員。上毛芸術奨励賞、県美術展山崎記念特別賞など受賞。県立女子大非常勤講師。



ドイツの時代祭り



◎町の歴史と文化を守る




 ドイツのミュンヘンから車で30分ほどの所に、静かな美しい町がある。町を流れるイーザル川のほとりの古い教会で、パイプオルガンの演奏を聴いた。

 教会の計らいで演奏許可をいただき、実現したのは、幼ななじみのオルガニストによる私たちのための演奏会。曲目はメンデルスゾーンの「前奏曲」に始まり、オールソン編曲「ゴットランドの結婚行進曲」などだった。

 黒光りした階段を上ると、15世紀のパイプオルガンが設置されていた。演奏する彼女の傍らに立つご主人は、譜面のページ捲めくりでサポートする。彼はいつものように自然体だ。誰もいない礼拝堂に響きわたる荘厳な音色は、ドイツ在住でプロのオルガニストとして活動している彼女の努力を物語っていた。彼女が「ゴットランドの結婚行進曲」を選曲したのは、午後から始まるこの町の時代祭り「ランズフートの結婚式」のパレードを祝してのことである。

 4年に一度、約1カ月間にわたりこの地ランズフートで開催される祭りは近年、多くの人の知るところとなった。ヨーロッパ各地から見物客が集まり、町の賑にぎわいに大きな役割を果たしている。

 バイエルン地方の州都である大都市ミュンヘンもかつてはこのランズフートと同じ規模の都市であったが、塩の流通ルートの町として、急速に拡大していった経緯がある。ランズフートの人々は取り残されたように感じていたが、19世紀末、一人の画家の出現で自分たちの町の誇りを取り戻した。

 14世紀に建てられた市役所にはホールがあり、壁一面に「1475年、ランズフートの領主の息子とポーランドの花嫁の結婚を祝う民衆の様子」がフレスコ画で描かれている。1880年ごろ、この町を訪れた画家の手で制作されたものだ。

 壁画が完成すると、人々は自分たちの町の成り立ちを意識し、時代祭りをつくってこの町の歴史を後世に伝えようと思った。祭りはボランティア市民の手で運営され、町の歴史と文化を保存するために今では2千人以上が出演、4年の歳月をかけて、大規模な「結婚式の祝賀パレード」をつくり上げていく。毎回工夫が加えられ、既に100年以上続いている。

 祭りの1カ月間は、このフレスコ画が描かれている市役所のホールで、中世の衣装を纏まとった当時の踊りや楽器の演奏が行われる。フレスコ画の色は褪あせてはいるものの、保存状態は良く、市民が文化財として大切に手入れをしているのが感じられた。

 人々が気付いた自分たちの大切な歴史や文化。人任せではなく、自分たちの力で守り継続させてゆく意識と行動が町の衰退を救ったという実例である。





(上毛新聞 2009年8月1日掲載)