視点 オピニオン21
 ■raijinトップ ■上毛新聞ニュース 
.
俳優・演出家  石井 愃一(神奈川県川崎市)  



【略歴】沼田高卒。渥美清、蜷川幸雄の両氏に師事。東京ヴォードヴィルショー所属。映画「陰陽師」、NHK「クライマーズ・ハイ」、TBS「水戸黄門」などに出演。



寛美さんの言葉に涙




◎「笑い作る人間は仲間」




 沼田高校卒業後、俳優を目先して11年目の1974年秋。私は路頭に迷っていました。参加していた蜷川幸雄氏の「現代人劇場」「桜社」、清水邦夫氏を中心とした「風屋敷」も立て続けに解散。バイトと酒に明け暮れる生活でした。

 そんな時、新宿の飲み屋で佐藤B作(私の方が年が上です)から、今度、主宰する劇団東京ヴォードヴィルショーの演じる芝居が歌舞伎の本を元にした作品で、斎藤隣氏が書くという話を聞きました。国立劇場の大道具のバイトをしていて作品を知っていたので、「渡りに船」という感じで参加しました。

 それから34年、いまだに所属しています。誘ってくれたB作には感謝しています。所属した劇団が続けざまに解散していたので、所属する集団があるというのはうれしいものです。東京ヴォードヴィルショーは役者の集まりでしたので、持ち回りで演出をするようになったのです。そんな時、VAN99ホールで最初に上演した作品「ちんぴらブルース」の再演が決まり、私が演出を担当することになりました。初めての大阪公演も決まって張り切っていたところ、チラシに「大阪の笑いの神話を崩す! 東京ヴォードヴィルショーの殴り込み!」とあってビックリ。ところが、ほかの役者連中は「これくらい刺激ある言葉の方が客が集まる!」というのです。

 ちょうどそのころ、僕たちを応援してくれていた、「てなもんや三度笠」でおなじみの上方喜劇の大作家、香川登志雄先生に、藤山寛美さんに会わせてあげると言われ、B作と花王おさむと私が中座の楽屋に通されました。寛美さんは、役作りのために髪を頭の回りだけ残して剃(そ)っていた花王おさむを見ると、松竹新喜劇の若い俳優さんたちを呼んで、「東京の若い俳優さんたちはすごいだろう」と感激してくださり、楽屋に飾ってあったシルクハット風時計を花王おさむの頭にのせてくれました。

 B作はどうだったか知りませんが、私は自分も何か記念になるものを、と期待をしましたが…ありませんでした。あさましい気持ちがみえみえだったのでしょう。その時、チラシを見ていた寛美さんが「君たちの芝居を見てみたいなー」と言い出し、「明日の夜9時から中座を空けるから、そこで舞台げいこを見せてくれ」とのこと!

 新喜劇の俳優は総見、吉本の喜劇人にも声を掛けてくださり、次の日の客席は満員。終演後、客席の真中にいた寛美さんが立ち上がり拍手。満員の客も大きな拍手!

 僕たちは涙が止まりませんでした。「笑いに西も東もあらへん! 笑いを作る人間は皆んな仲間や!」。品物はもらえなかったけど、寛美さんの記憶に残る言葉、一生忘れません!






(上毛新聞 2009年8月21日掲載)