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農業技術協会会長   藤巻 宏(藤岡市立石)  




【略歴】東京農工大卒。1961年に農林省に入省。いくつかの研究機関を経て、農業生物資源研究所や農業研究センターの所長、東京農業大教授を歴任。2007年12月から農業技術協会会長。



瑞穂の国の豊かさ



◎旬を生かした農業を




 アジアモンスーン地帯の東端にあり南北に長くつらなる日本列島は、四季の変化と山海の幸に恵まれた瑞穂(みずほ)の国として豊かな文化をはぐくんできました。古来、地域ごとに四季折々にとれる果物、野菜、魚介類などが賞味されてきました。これらの農水産物が多く収穫でき最も味のよい時期を旬(しゅん)と言いますが、今日では旬の魚はともかく、旬の果物や野菜を正確に言い当てることが難しくなっています。

 そもそも野生の植物は、種子が落ちた場所の環境に適応して生き残り、子孫を残さなければならない宿命にあります。それには生育する環境によく合うライフサイクルを備えることが必要になります。たとえば、自然環境の下で季節はずれに発芽すると、正常に生育し花を咲かせ種子を稔(みの)らせて子孫を残すことができず、絶滅してしまいます。そうならないために、野生植物は生育する環境の温度や日長(日の出から日没までの時間)の変化を読み取り自ら生育を制御しています。

 ところが、人が栽培する農作物では事情が異なります。私たちは旬の果物や野菜を堪能する一方で、季節はずれの果物や野菜が欲しくなります。季節はずれに果樹や野菜を栽培し収穫物を得るには、二つの方法が考えられます。その一つは栽培法を変えることです。温度や日長を人為的に制御できる施設や植物成長調節物質(植物ホルモン)などを使って生育を人為的に制御する方法です。たとえば、短日処理による促成栽培、電照処理による抑制栽培、ハウス加温による促成栽培、植物ホルモン処理による促成あるいは抑制栽培などがあります。

 もう一つは品種の改良です。農作物のゲノムに刻まれた環境変化に対する感受性を変化させて、季節はずれにも栽培できる新品種を作り出す方法です。キャベツやレタスなどの冬作物の夏季栽培やトマトやキュウリなどの夏作物の冬季施設栽培には、それらの栽培条件で正常に生育できる品種の開発が必要になります。人類は科学技術の力を借りて農作物に季節を錯覚させたり、農作物が季節の変化を感知する能力をまひさせたりして、わがままな欲求を満たしていると言えます。

 季節はずれに果樹や野菜を栽培するには、温度や日長を制御するための専用施設を造ったり、冷暖房に必要なエネルギーを消費したり、あるいは、季節はずれに育つ新品種を育成したりしなければなりません。地球環境問題や四季の変化に富み多様な種類の農作物を栽培できる恵まれた日本の環境を考えると、これからは、四季折々に収穫できる農産物を堪能する旬を生かした農業をめざすことが重要になると考えます。





(上毛新聞 2009年10月16日掲載)