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脚本家  登坂 恵里香(横浜市瀬谷区)  




【略歴】渋川市出身。早稲田大第一文学部卒。会社員を経て脚本家に。主な作品にテレビドラマ「ラブの贈りもの」「虹のかなた」、映画「チェスト!」(小説も発刊)など。



親の心配



◎「されない」ありがたさ




 脚本の取材を通じて知った「親も子も元気になる子育ての知恵」を紹介したい、そんな趣旨でこれまでの6回の原稿を書いてきた。

 「子供は異年齢の子供集団の中でこそ大きく伸びる」「ノー叱(しか)ること)とグッド(存在そのものを肯定すること)はワンセットで」などなど、さまざまな提案をしてきたのだが、今回、最終回を迎えてふと思った。

 「ところで私自身が親にしてもらったことで一番ありがたかったことはなんだろう」と。

 出た結論は意外だった。「されたこと」よりむしろ「されなかった」ありがたさの方が心に残っているのである。何をされなかったかというと、それは「心配」だ。

 告白すると私は「おねしょ」がなかなか治らない子供だった。小学1年生のころはほぼ毎晩。小3になってさえ時々は、という結構まずい状態だった。「どこか体の機能に問題があるのでは」「何か口に出せないストレスがたまっているのか」。普通の親なら気をもむだろう。なのに、うちの母親はまるで心配をしなかった。報告をしても毎回「あ、そう」だけ。それで私は、おねしょをすれば淡々と自分で着替え、淡々とぬれたシーツの上にバスタオルを敷いてそのまま朝まで寝ていた。自分のおねしょ癖を気に病むこともなく、気がつけばそれは治っていた。

 ことはおねしょに留まらない。私は「脚本家になりたい」と言って、何の当てもないまま会社をやめるという暴挙に出たことがあるが、両親はそんな時でさえ「心配」を口にすることは最小限に抑えてくれていたと思う。暴挙を犯した本人が実は一番不安なのである。そこに「親の心配」という重い荷物が加算されなかったことが今思い返してもつくづくありがたい。

 「親が子を心配するのは当然」。私たちはついそう考える。が、口に出す前に毎回立ち止まって考える必要があると思うのだ。「この心配は本当に愛情からだろうか」と。心配しているように見えて、実は自分の中で解決されていない不安を相手にベッタリなすりつけているだけではないのか、と。

 不安定なこの時代を生き抜くために私たちは我が子にあんな力もこんな力も身につけさせてやりたいとついつい「加える」方にばかり目がいきがちだ。が、親自身が安定した心で自分の人生を楽しみ、子に余計な荷物を負わせないこと、そんな「引く」姿勢も忘れずにいたいと改めて思う。まず親が幸せになろう。






(上毛新聞 2009年10月28日掲載)