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明正会認知症ケア研究所長  福島 富和(前橋市富士見町小暮)  




【略歴】県立高齢者介護総合センター所長を務め、現在、医療法人社団明正会認知症ケア研究所長。ぐんま認知症アカデミー幹事、日本認知症ケア学会評議員。



認知症への理解



◎多面的なアプローチを




 認知症の方は、脳の病変により、日常生活の中でさまざまな困りごとに直面する。しかし認知機能をすべて失っているわけではなく、この困難に対して自分なりに対処し解決しようとしている。しかし、その状況を本人が語ることは難しくなる。人間の言語は、食事を「おいしい」と言うために、見る・聞く・触れる・味わう・嗅(かぐ)という複数でしかも同時に入る情報を処理し、その結果を言葉で表現しているのである。従って認知機能に障害があればこの一言すら難しくなる。

 さらに、もう一つ難題がある。ケア側は認知症の方がしている体験を知識などでは承知している。いや、承知しているつもりでかかわっている。しかし実感レベルとしては、その状態は未知な世界なのである。そして、次のことも十分承知する必要がある。人間の認知機能は誰でも、五感を駆使し直接に感じる事実を自らの頭脳を使って推測し、解釈している。つまり、他者や物ごとを理解する場合、事実から得た情報を手がかりに、頭脳を経由して全体を推論しているのである。従って、どうしても自分の信じたいことを信じ、見たいように見る傾向がある。さらに自分の知識や経験の範囲で人や物ごとを理解しているのである。しかもこれが自動的に進んでいるので、自分では気づきにくい。

 認知症ケアの落とし穴はここにある。ケアの提供者といえども、1人では認知症の方について事実を多面的にとらえることは難しい。そして自動的に「わかった」「それが正しい」と思い込みやすいのである。このように認知症ケアは常に介護者の理解と利用者の本当のニーズが乖離(かいり)する可能性を持っている。だからこそ、ケアを行う前提としてのアセスメントはさまざまな職種がその知識・経験を用い、多面的アプローチが必要である。とらえられた事実を認知症の方の障害の状態を確認し、より深い理解が求められる。

 もちろん、健康、安全、清潔はより良い生活のために必要であるが、何よりも認知症を抱えて生きる「その人」をより詳しくわかること、どんな暮らしをしてきたのか、どのような価値観を持って生き抜いてこられたのか、そして今、どのようなケアを望んでいるのか考え、人間の認知機能の特徴を乗り越えることを常に心がけなければならない。つまりケアを行うことは生涯学習を必要とする。

 人は誰でも人格を持ち社会で生活する権利を持っている。私たちは認知症の方の生活をチームとして提供し、生活の糧を得ているプロフェッショナルである。人は必ず終末期を迎える存在。その時期を適切なケアを受け、安寧で充実した生活ができる人生とは、「終しまい良ければ、すべて良し」と言えないだろうか。





(上毛新聞 2009年10月31日掲載)