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群馬大大学院工学研究科教授  宝田 恭之(桐生市菱町) 



【略歴】群馬大大学院修了。東北大の研究所などを経て群馬大工学部教授に。同大工学部長を2005年から、同大大学院工学研究科長を07年から09年3月まで務めた。



建学の精神に学ぶ



◎「信頼」で人類の幸福を



 桐生市は、古くは西の西陣、東の桐生と並び称せられた絹織物の名産地である。伝統ある桐生の織物の歴史の中で、群馬大学工学部は1915(大正4)年、官立桐生高等染織学校として誕生した。

 08(明治41)年ごろから学校設立の動きが始まり、県からの予算(28万5000円)に加え、桐生織物同業組合が6万円の寄付金と寄宿舎を、地元負担として6万5000円の寄付金と敷地を提供することによって設立が認められた。東京のアパート代が5円程度の時代であるので、群大工学部が産業および地域からの極めて多額の寄付によって創立された学校であり、当初から産学官の緊密な連携がなされていたことが分かる。初代の大竹校長およびその後の西田校長によって本学の基盤が確立された。

 『本校の教育方針は人格錬磨第一主義であります。体育、知育はこれにつぐのであります。かくして今後の実業界に雄飛すべき専門学術功究者に相ふさわ応しき人物を作り上げて国家につくさせたいと念じております。従って、本校の教育法は他の諸校とちがって人物の誘導に特に濃厚な味をみせておりますことを明言します』(群馬大学工学部75年史)という西田校長のお言葉にあるように、教育方針として人格を掲げた。もちろん、今でも大学の責務は教育と研究にある。世界をリードする独創的研究を追求するだけではなく、国際的に活躍できる人材の育成は大変重要であり、また大学教員としては楽しい仕事でもある。特に“物づくりは人づくり”とも言われ、優秀なエンジニアの育成は科学技術創造立国を目指し、世界のイニシアティブを取ろうとするわが国の重要課題である。

 世界のトヨタが大変な苦境に立たされている。詳細はよく分からないが、世界のトップに立ち、世界をリードするにはさまざまな観点でこれまで以上の厳しさが必要なのであろう。これは、世界をリードしていこうとするわが国全体の問題でもある。先頭集団から抜け出し、トップに出るには大変な苦労が伴うのであり、今は生みの苦しみとも言える。大切なのは、人と人とのつながりのなかから人類の幸福を基本とした科学技術を発展させることである。その原点は信頼にある。元来、わが国が最も得意としてきたところであるが、それが揺らぎつつある。

 群大工学部では初代工学部長の平田先生のお言葉である『積極性、創造力、責任感』の三つのSが工学教育には重要であるとされてきた。そして、ここに私はもう一つのS、『信頼』を付け加えたい。科学技術のみならず、経済、政治、社会の発展は人の成長と同調していなければならない。私自身、建学の精神に学び、世界から信頼されるエンジニアを世に送り出すための最大の努力をするつもりである。






(上毛新聞 2010年3月14日掲載)