視点 オピニオン21
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バイオリニスト  小田原 由美(榛東村新井) 




【略歴】バイオリニスト。岡山県出身。国立音楽大卒業。元群馬交響楽団団員。室内オーケストラ「カメラータ ジオン」代表。「若い芽を育てる会」理事。



師に学んだこと



◎答えは自然の中にある




 バンクーバー冬季オリンピック大会が開催され、フィギュアスケートでは日本人選手全員が入賞という快挙を成し遂げました。私は、この種目にとても惹(ひ)きつけられます。演奏と非常によく似ているのです。

 私が、草津国際音楽アカデミーで教えていただいた、スイス人のバイオリニスト・シュネーベルガー先生は、高校時代までスイスを代表するフィギュアスケートの選手だったそうです。力を抜いての効率の良い腕の動きや踊りのことなど、フィギュアスケートからのヒントはたくさんあると言われました。ヨゼフ・シゲティやジャック・ティボーという往年の巨匠たちと親交の深かった先生から最も学んだことは、「すべての答えは自然の中にある」ということです。

 「同じ木に生えている葉でも寸分狂わず同じ形のものは一枚もない。均一な音符の連続は不自然だ。光が当たっているところもあれば、陰りの部分もある。力強く荒々しいときもあるが、微かなもの、ひそやかなものもある。長く伸ばす音は、天から射してくる光のように」

 榛東村は、とても空気がきれいで星も降ってくるかと思えるほどです。この村に住んで約25年。ここで「自然を“観(み)た”」と言えます。冬のある日、すべての葉が落ちたシャラの木が目に入りました。そこに、産毛に覆われた無数の小さなキラキラした芽がついているのです。「自分もこの木のように、今は準備の時間が与えられているのかもしれない」と勇気づけられたのです。見えていたのと観たのでは大違いです。

 春先になるとウグイスやホトトギス、いろいろな鳥が鳴き始めます。モーツァルトのトリルはまさに小鳥のさえずりです。わが家からは冬の間毎日美しい日の出が見えます。ドビュッシーのバイオリンソナタの冒頭部分を演奏するときは、その空のドラマを具体的にイメージしながら演奏しています。群馬の豊かな自然の中で耳を澄まし、目を凝らすことで、演奏のイメージを膨らませながら演奏を続けさせていただいていることを感謝しています。

 名ピアニスト、エドウィン・フィッシャーの若き音楽学生たちへのあいさつの言葉です。

 「偉大な音楽家達の作品に向かい合うとき生活上の焦燥やあまりにも物質的なものから距離をおき、木や雲と親しんだのちに胸襟を開いて作品に近づかれる事を希望します。この講習会で何曲かの手ほどきをするよりも、私が意図するのは、あなた方をピアノ(音楽)からはなれてあなたがたの自己自身へと案内する事、この一大事以外のなにものでもないのです」(みすず書房刊「E・フィッシャー/音楽観想」より)

 ベートーベンの楽想も、森での散策や思索の末に浮かんできたものです。








(上毛新聞 2010年4月14日掲載)