視点 オピニオン21
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画家  みうら ゆき(前橋市竜蔵寺町) 



【略歴】大分県出身。高校、大学とも油絵を専攻。1984年から山野草淡彩画というオリジナルな世界を確立。現在は個展活動のほか、花の絵教室を主宰。ことしで26年目になる。



四季の移ろい



◎色や香りで味わう節目



 いつになく早く目覚めた。ぼんやりした目で窓を見ると、ようやく明るくなり始めたばかりのようだった。人の気配はない。遠くや近くで鳥の声だけが響いている。幼いウグイスの、うまく奏でられない声がほほ笑ましい。春浅き肌寒い朝である。

 私は上着をはおり、庭に出た。芽を出したばかりの香草を少し摘んで、紅茶に入れる。独特のさわやかさと春の光で育った植物の力を香りとともにいただく。ささやかな楽しみである。南の方で育った私には、何といっても春の訪れがうれしい。

 春の暖かさは行きつ戻りつしながら、気が付けば百花繚乱(りょうらん)の時季を迎え、じきに初夏の風情へと移り始める。春の花の中でも、桜は誰の心にも深く印象を刻むことだろう。それは悲しいほど一斉に咲く。人のさまざまな心模様をすべてのみ込み、散らせていくようだ。

 花は身を削って、人を新たな一歩へと送り出すための禊(みそ)ぎをしてくれているようで、切なさを覚える。この時季は桜にちなんだ演出をするところも多くなり、当たり前に過ぎてゆく日常でも、少し視点を変えると、心震える感動に満たされる時があるものだ。

 最近では少なくなったが、私の子供のころは季節ごとにしつらえを替える家が多かった。中でも5月と9月の月末に、夏と冬の入れ替えという大掛かりな模様替えがあった。

 6月1日には重い色彩の座布団が浅い色のパリッとした麻に替わり、ソファには糊(のり)が効いて紙のようになった白いカバーがかかる。襖(ふすま)が外されて葦戸(よしど)が立てられると、家の中を抜ける風が見えるような気がしたものだ。

 このように、色や香りや音などで風情を味わい、四季の移り変わりを一つの節目として楽しみながら、凛(りん)として暮らす時代があった。

 子供も生活の中で、ゆっくりと感受性や対象を直感的に受け入れる能力を身につけ、自然に対する畏敬(いけい)の念も育(はぐく)まれていったように思われる。

 気持ちを構えなくても、日ごろ歩く風景の中にも、四季の移ろいを感じさせてくれるものがたくさんある。オオイヌノフグリの水色、ホトケノザの濃いピンク。春の花は幼い子供のように輝いて咲いている。

 今しか味わえない風情をゆっくりと楽しみたいと思う。生活は様変わりしたが、四季の美しい贅沢(ぜいたく)な国ならではの感性を、次の地球を担う子供たちにも引き継いでいってほしい。








(上毛新聞 2010年4月15日掲載)