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音曲師  柳家 紫文(東京都杉並区) 



【略歴】高崎市出身。1988年、常盤津三味線方として歌舞伎座に出演。95年、2代目柳家紫朝に入門。都内の寄席に出演中。著書に『紫文式都々逸のススメ』など。


厳しい就職



◎「塞翁が馬」を忘れずに



 世の中がとにかく不景気、派遣や就職の問題とかいろいろいわれていますが、そんなこといったら私ら芸人という商売はお先真っ暗。派遣より先に、真っ先に切られる商売です。でもそれは至極当たり前の話。お金が余っていないと芸人なんぞ呼べません。

 ある芸人が、とある会社の集会で余興をやったその後、その部屋から聞こえて来たのは怒声。

 「あんなつまらん芸人を呼ぶ金があったら、こちらにまわせ!」

 笑うに笑えないホントの話です。

 若い人をはじめとして大変な就職難ということですが、この就職難という言葉を聞く度に必ず思い出す話があります。それは一人の美大の女子大生のこと。

 私は芸人を生業としていますが、もともとウチの家業は飲食業、平ったくいえば水商売。母、そして私の女房と、今も東京で小さな居酒屋をやっています。そこでアルバイトをしていたのが彼女でした。

 彼女は大学4年の時、病気で入院したため単位が足りず、それもたった1単位のために卒業できませんでした。そんなわけで彼女は半年遅れの卒業になりました。 

 その半年遅れ卒業で困ったのは就職。「就職先がみつからないんです」と店でもお客さんに話していました。

 「それならウチの会社にバイトにくるかい?」

 そう言ってくれたのは某大企業の部長。

 彼女からすればアルバイトとはいえ大企業、よい話でしたが、私はその話にすごく不安を感じてました。

 ウチの店は居酒屋。色を売り物にする店ではありませんが、知らない人がそう思うとは限りません。水商売の女性を自分の会社で働かせる、個人的な「情実」で「ホステスをバイトさせる」というふうに思われるのではないか、と。

 が、それは杞憂(きゆう)でした。彼女は半年で正社員となり、数年後にはCMの制作の仕事をするようになっていました。それはずっと前に彼女が「夢」と話していた仕事です。

 病気をして卒業が遅れた彼女が、逆に一番好きな仕事で活躍している。まさに「人間万事塞翁(さいおう)が馬」。

 一生懸命やった彼女はもちろん、その部長も人物でした。商売関係なく人をちゃんと見ていてくれたのですから。

 「天網恢々(かいかい)疎にして漏らさず」。やることをやっていれば見ている人がいるもの。こんな御時世でも、世の中まだまだ捨てたものじゃあありません。








(上毛新聞 2010年4月20日掲載)