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高崎経済大大学院地域政策研究科長  大河原 真美(高崎市栄町) 



【略歴】上智大外国語学部卒。豪シドニー大法言語学博士。2007年8月から高崎経済大地域政策学部長。裁判で使われる言葉を研究、著書もある。家事調停委員。



ドラマ「逃亡者」の真相



◎冤罪なら許せない事件



 テレビや映画でも人気を博した「逃亡者」は、実際にあった事件がモデルになっている。覚えのない妻殺しの罪で死刑を宣告された医師リチャード・ギンブルは、刑務所に護送される途中、乗っていた列車が脱線し逃走に成功する。ジェラード警部の執拗(しつよう)な追跡をかわしながら、真犯人の片腕の男を探し求めて全米を渡り歩く物語は一世を風靡(ふうび)した。

 実際の事件の主人公もサム・シェパードという名の医師である。1954年にオハイオ州のクリーブランド郊外のシェパード家で、妊娠中の妻のマリアンが殺され、夫のサムは殴られて倒れていた。サムは、自分を殴り妻を殺したのはボサボサ頭の侵入者だと主張するが、DNA鑑定などがなく状況証拠から殺人罪で終身刑が言い渡されてしまう。サムに勤務先の病院の看護師と3年にわたる不倫関係があったことも、妻殺害の動機として陪審員に印象づけてしまったようである。

 サムの母親はショックのあまり拳銃自殺、その11日後に父親は出血性胃潰瘍(かいよう)で病死。事件当時7歳だった一人息子のサム・リースは伯父の家に引き取られる。サムは刑務所から再審を何度も訴え、12年後にやっとかなう。再審では、サムが犯人であるかのような過剰な報道や裁判官にもサムが犯人だと陪審員に誘導するような言動があったことなどが認められ、一審の裁判に問題があったとしてサムは釈放された。真犯人の出現によりぬれぎぬが晴れたという無罪ではなかった。

 釈放後のサムは、開業するが、周囲の偏見が強くはやらなかった。酒におぼれ、患者が死ぬ医療ミスを2度おこす。経済的にも困窮し、「殺し屋」という名でプロレスラーになるが、70年に肝不全で46歳で死んだ。

 一人息子のサム・リースは、85年以降、父親の無実を証明する活動を始める。サム・リースは、母親の指輪を隠し持っていたシェパード家の窓掃除人を犯人だと考えていたが、本人は否認。窓掃除人は、身寄りのない裕福な老婦人の財産をもらい受け、その老婦人を殺害したかどで服役中だったが、他の服役囚にサム・リースの母親を殺害したと言ったことがあったとか。

 サム・リースは、DNA鑑定を要請し、97年に父親の遺体まで墓から掘り起こした。殺人現場の証拠品のDNAと窓掃除人のとが一致するという結果は得られたものの、事件後40年もたっているため真偽は不明。

 一方、窓掃除人は、98年に68歳で獄中で死んだ。サム・リースの父親の無実を証明する訴訟は、親族ではなく本人が主張すべきことという法律的な判断で、02年に終結してしまう。

 事件の真相は不明だが、これが冤罪(えんざい)事件であるとしたら、大変なことである。61年に三重県であった「名張毒ぶどう酒事件」の受刑者も犯人でなかったとしたら、許し難いことである。








(上毛新聞 2010年4月29日掲載)