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前農業・食品産業技術総合研究機構理事・中央農業総合研究センター所長
                                 丸山 清明
(茨城県牛久市) 



【略歴】前橋市出身。東京大農学部卒。北陸農業試験場(稲の育種)、作物研究所長、北海道農業研究センター、中央農業総合研究センター各所長などを歴任。農学博士。


食料自給力



◎貧しい食事のメニュー



 中国や産油国が自国外で農地を開発して自国に輸入する計画を進めている。日本と同様に食料自給率の低い韓国が、2008年にスーダンに200万ヘクタールの農地を借りる計画を発表して、世界を驚かせた。

 しかし、スーダンの人々の食生活が向上したら、小麦や家畜のエサが大量に必要になる。果たして人々はスーダンで作られた穀物が韓国に運ばれるのを座視するだろうか。

 韓国大企業の大宇は、08年、マダガスカルに130万ヘクタールの土地を無償で99年間借用した。森林や未利用地の開発に数十億ドル投資し、数万人の雇用も発生するので無償ということだ。しかし、この計画には国内外から強い反発が起き、深刻なデモも頻発。ついに軍がクーデターを起こし、計画を推進した大統領は失脚した。そして、09年6月に就任した新大統領は計画を一方的に破棄した。

 領土は国家の基本であり、まして、農地となると重大である。金任せの「植民地」がすべて順調にいくわけがない。中国が日本の耕作放棄地を自国の食料生産のために99年間借り上げると申し込んできたら、日本人はどういう反応をするだろうか。

 ところで、食料自給率が41%の日本はどうなるのだろうか。1965年に自給率が73%だった日本は、その後の工業製品の輸出に支えられ、世界中から食料を買い集めている。

 その過程で、麦は“安楽死”し、今では毎年500万トン以上の小麦を輸入している。筆者が子供のころ、群馬の平地の水田は麦と水稲の二毛作で、今のように、冬に水田が裸地であることはなかった。

 一昨年、雑誌に頼まれた記事のために日本の食料自給力を試算してみた。耕作放棄地の復帰や稲麦二毛作は当然として、大豆作を増やしたり、現在の農業技術で可能な最大単収を当てはめ、果樹園、草地、水産物は現状として、地域別に積み上げた計算である。計算の結果、供給量は2400カロリー程度で、現在の2562カロリーに近い数字になる。エネルギー的にも栄養的にも何とかなる。

 3食、ご飯+うどんでカロリーはほぼ満たし、味噌(みそ)汁と納豆と豆腐が現在程度食べられる。魚切り身1切れ、牛肉も1切れ、牛乳少々、ミカン1個かリンゴを4分の1個食べられる。ただし、豚肉と鶏卵はめったに食べられない。

 筆者の子供のころの昭和20年代後半から30年代前半の食事よりも豪華である。野菜は犠牲になっているので、山菜、野草、キノコを多く食べることになる。ちなみに、普通畑の小麦や大豆をジャガイモやサツマイモに切り替えると2700カロリーになるが、食事のメニューは極めて貧しくなる。いずれにせよ、贅沢(ぜいたく)に慣れた消費者はこのメニューでは満足しないだろう。







(上毛新聞 2010年5月9日掲載)