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こけし作家  富所 ふみを(前橋市元総社町) 



【略歴】1971年より修業。78年独立。82年全国近代こけし展新人賞。87年同文部大臣賞。2007、08年全群馬近代こけしコンクールで内閣総理大臣賞。日本こけし工芸会代表。


鎌倉の大イチョウ倒壊



◎再生の力に驚きと喜び




 今年は春先の天候が不順で、初夏のような日があったと思うと、一転真冬に戻ったような日が続き、4月の下旬になってみぞれまで降り、いったん冬支度を解いた者を震えさせた。5月に入り、ようやく季節にふさわしい陽気になり、固かった木々の新芽も一斉に生き生きと伸び始め、新緑が美しく、目にまぶしく映るようになった。

 陽光に誘われたのだろう、幼い赤ん坊を抱いた母親を散歩の途中などで、見かけることが多くなった。

 「万緑の中や吾子の歯生えそむる」。中村草田男の生命感と喜びあふれる句が思い出され、この子等の未来が5月の光のような輝きに包まれるようにと祈りたくなる。

 そんな春先、3月初めの未明、鎌倉・鶴岡八幡宮の大イチョウが早春の嵐に根元から倒れたことを報道で知り、驚かされた。群馬県で生まれ育った人は、小学校の修学旅行でたいてい、江の島・鎌倉方面へ出かけていて、なじみのある人が多いと思う。樹齢800年以上、高さ30メートルの大木だったという。鎌倉幕府3代将軍源実朝が暗殺された時、別当公暁が隠れていたという伝説のある御神木である。伝説ではあるが、この木は源家3代の悲劇、何より実朝の悲劇を見ていたと思いたい。

 実朝といえば武家の総領でありながら、優れた和歌を遣した歌人でもあった。 「大海の磯もとどろによする波われてくだけてさけて散るかも」。万葉調といわれる雄渾(ゆうこん)な詠みぶりの奥に、しかし公家政治から武家政治へと移り変わる時代の悲劇を背負っていた将軍だった。このような時代性を持っていたがゆえに、実朝を主題にした文学作品がいくつか存在する。

 小さなこけし工場で修業をしていた時期に、先が見えず、屈折した心情を抱え込んでいた日々が続き、それらに共鳴することもあった。今回、実朝の大イチョウの話で若いころの自分を思い返し、ある感慨を覚えたものである。

 イチョウはその後、根元から何本も新しい芽を出し、成長しているという。その生命力には驚くばかりで、何故かうれしくなる。創作こけし作りは、木の塊の中から人形を彫り出すような仕事で、時間もかかり、修練も必要である。一朝一夕にはゆかないが、長く続けてきてようやく、人さまに認めてもらえるものが作れるようになった。

 今、社会に余力がなくなったためか、若い人がこれからの人生を生きてゆくのにとても大変な時代になってしまった気がする。大イチョウのことから私的な話になったが、自分を振り返ってみて、たとえ遠回りでも、自分を信じて歩んでいってほしいと、若い人たちにエールを送りたい。








(上毛新聞 2010年5月20日掲載)