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音曲師  柳家 紫文(東京都杉並区) 



【略歴】高崎市出身。1988年、常盤津三味線方として歌舞伎座に出演。95年、2代目柳家紫朝に入門。都内の寄席に出演中。著書に『紫文式都々逸のススメ』など。


公演中のマナー



◎模範にならない中高年



 携帯が出回り始めたころ、噺家(はなしか)がマクラによく使っていた小噺があります。

 「先日、私がこうして高座に上がっているとき、一番前のお客さまの携帯電話が鳴ったんです。携帯を取り出したから電源を切ってくれるかな、と思ったら、なんと、そのお客さん、その電話にでてしまったんです! 『あ、オレ。えっ、今どこにいるかって? 寄席、寄席だよ、落語やっているところ。うん、今オレの目の前でやってるよ。面白いかって? じゃ聴かせてやるよ。ちょっとまって(その携帯を落語家のほうに向けて…)聞こえた? なっ、つまらねえだろう!?』」

 これは携帯の電源を切ってもらうために早い出番の噺家がやる小噺です。公演中に携帯電話が鳴るなんてことは時々ある話。ですが、なんにしても携帯の呼び出し音は困ります。

 携帯が鳴っただけで、場内のお客さんの気がみな音の方にいってしまう。

 いままで作り上げた、演じてきた世界が一瞬で壊されてしまう。演者も気持ちが切れてしまう。「芸人殺すにゃ刃物は要らぬ、あくびひとつで即死する」なんて言われますが、今は携帯音一つで殺せます(笑)。

 そして、その携帯を鳴らすのはたいてい熟年以上の人。その世代は携帯に慣れていないから電源を切るのを忘れるのだろう、と思うでしょうが、それだけではありません。

 実は寄席をはじめ劇場でのマナーが悪いのは意外にも中高年層なのです。

 開演中なのに「○○さんこっち、こっち!」としゃべりながら入ってくる。席に座っていても隣の人と普通の声でしゃべる。後ろの人のことを考えずに平気で席を立つ、平気で横切る。どうしても立たなければいけない事情なら、かがんで横切ればいいものなのですが、それができない。

 演じる側は「ここは自分の家じゃないだろ!」と怒鳴りたい気分。もちろん周りのほとんどのお客さまも同じ気分になっていますから、そのマナーの悪さを、芸人が注意すると、「良く言ってくれた」と他のお客さまから拍手喝采(かっさい)となったりします。

 ところが若い人でこういうマナーの悪い人はほとんど見かけません。これが不思議なところです。ですから若い人のマナーがなってない、常識を知らない、と一概には言えません。

 たとえ悪いとしても子供は親に教育され、また見て育つわけですから、大人の責任は大きいです。大人がマナー、常識をしっかり教育していればそういうことにならないのですから。日本再生などと言いますが、まずはそんなところから大人がもう一度タガを締め直していきませんか?








(上毛新聞 2010年6月17日掲載)