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群馬大大学院工学研究科教授  宝田 恭之(桐生市菱町) 



【略歴】群馬大大学院修了。東北大の研究所などを経て群馬大工学部教授に。同大工学部長を2005年から、同大大学院工学研究科長を07年から09年3月まで務めた。


活性化エネルギー



◎情熱と衝突繰り返せ



 私たちを取り巻く空気は酸素が約21%、窒素が約79%であり、分子という状態で飛び回っている。大きさは数オングストローム。1オングストロームは1億分の1センチメートルなので、とてつもなく小さい。その数たるや膨大である。350ミリリットルのペットボトルを空気で満たすと、そこには約1022個もの分子が存在する。

 1022は1兆の100億倍。想像を絶する数である。そして、一つの分子はなんと1秒間に約50億回も他の分子と衝突を繰り返している。考えられない回数である。これが普段何気なく接している空気の実態である。

 温度が上がると分子は活性化され、衝突回数も増える。そして、分子のエネルギーがある障壁を越えると反応が進行し、新しい物質が生まれる。この時のエネルギーを「活性化エネルギー」という。新しいものを生み出すには、活性化エネルギーと想像を絶する回数の衝突が必要になる。

 数年前、ハノイ工科大学で1週間講義した。朝7時からの講義にもかかわらず、150人程度の教室は満杯。講義を始めて驚いた。視線が痛い。全員がこちらを凝視している。もちろん、私語や居眠りなど全くいない。

 講義後さらに驚いた。質問が途切れない。とにかく知識にどん欲であった。残念ながら日本でこんな経験はない。独創的な研究開発には、どこまでも追求する情熱と、時には衝突しながらも自らを活性化することが重要であるが、ベトナムの学生たちにはそれらが備わっているように感じた。

 わが国には世界をリードして楽しい未来社会を構築することが求められている。今の学生たちが重要な役割を果たすことになるが、21世紀を任せるにはやや心配なところもある。

 とにかくおとなしい。従順で素直ではあるが、迫力がなさ過ぎる。人との衝突を避けたがる。人と違うことを嫌い、無難にこなすことを望む。質問は滅多にしない。こちらから質問すると、即座に「分かりません」と返事をする。緊張感を早く断ち切りたいからである。常に定常状態であり、活性化されない。たまに活性化された時は、いわゆる「切れた」状態である。粘り強い、労を惜しまない、汗水垂らす、身体を張るなどは死語に近い。

 ただ、本質的な日本人気質は今も変わっていないと信じている。誰でも、心の奥には燃えたぎるような情熱の種火は持っている。その種火を炎にすることが教育である。炭火をおこすのと同じで、そっと大事に囲っていては消えてしまう。

 若者の心に火をつけ、創造力のための活性化エネルギーを与えるためには、うちわで強烈にあおぎ、風を当てることである。新しい未来社会を生み出すためには、活性化エネルギーと幾度もの衝突が必要である。







(上毛新聞 2010年7月3日掲載)