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前農業・食品産業技術総合研究機構理事・中央農業総合研究センター所長
                                 丸山 清明
(茨城県牛久市) 



【略歴】前橋市出身。東京大農学部卒。北陸農業試験場(稲の育種)、作物研究所長、北海道農業研究センター、中央農業総合研究センター各所長などを歴任。農学博士。

食品の安全・安心とは



◎素性が分かること




 最近は食品の安全性が社会の強い関心を呼んでいる。人は誰しも安全な食べ物を口にしたいものだ。

 市民講座に招かれて話をした後に、一人の男性のお年寄りから「冷蔵庫内の食品の安全性をどうやって知ることができるか?」と質問された。少し頼りなさそうなお年寄りだったので、思わず「じーっと見るんですよ。臭(にお)いを嗅(か)いでみるんですよ。賞味期限を確かめるんですよ。なめてみるんですよ」と言ってしまった。

 しかし、よく考えると、腐敗していること以外は、安全性を消費者が見分けるのは簡単ではない。そもそも健全な農林水産物であっても、程度の差はあれ、毒物や薬理作用を示す成分を含んでいる。カビやバクテリアは毒素を産生する場合が多い。毒性の強い重金属や残留農薬も含まれているかもしれない。

 農作物自体に含まれる毒素として良く知られているのはジャガイモの芽や緑化した皮に含まれるソラニンである。ソラニンは成人で200ミリグラム~350ミリグラム摂取すると、吐き気、腹痛、頭痛を起こし、ひどい場合は呼吸困難になる。

 収穫前に感染した病原菌が出す毒素で食品が汚染する例がある。また、多雨や干ばつなどの異常気象で毒素が増え、例えば、多雨だと麦類の赤かび病毒素のデオキシニバレノール(DON)が、干ばつになるとトウモロコシのアフラトキシンが増える。歴史的には、ヨーロッパのライ麦や大麦の麦角病が有名である。

 植物は自身の成長に必要な元素のみならず、化学的に類似した元素も根から吸収する。特に問題なのがイタイイタイ病を引き起こしたカドミウムである。カドミウムは腎臓の尿細管障害や骨軟化症を引き起こす。

 消費者にとって残留農薬は心配事の一つである。農薬はもちろん毒物であり、かつては、農薬を扱う農家は事故を起こした。また、環境生物への悪影響も激しかった。しかし、筆者は、日本で農薬を散布した農作物を食べて事故が起きたことを聞いたことがない。だから、一昨年の中国製毒ギョーザの事件の時もこれは事故でなく、事件と直感できた。

 筆者の住んでいる茨城県では「十里四方のものを食べていれば安全」という言葉があったそうである。これが京都では「四里四方」だそうである。「十里」は40キロメートルなので、健脚なら1日で歩ける。「四里」ならば1日で往復できる近さである。これならば、生鮮野菜は鮮度を失わずに消費者に届けられる。

 しかし、この問題は鮮度だけではなさそうだ。近くなら、農作物が栽培されている様子が分かるし、苦情を言うことができる。結局、素性が分かることが、安全と安心につながる。毒と分かっているフグでも、きちんと調理されていることが分かれば安心である。






(上毛新聞 2010年7月4日掲載)