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武蔵丘短大准教授  高橋 勇一(東京都板橋区)



【略歴】前橋市出身。前橋高、東京大教育学部卒、同大大学院農学生命科学研究科修了。農学博士。アジア緑色文化国際交流促進会副会長として自然再生に取り組む。


東アジア共同体の基盤



◎環境や風土からの視点



 「東アジア共同体」という用語は、魅力的な言葉である。一般に、東アジア各国が政治、経済、安全保障などで連携し共存と繁栄を目指す構想とされる。実際、1990年代後半の通貨危機以降、アジアの地域協力が進み、経済的に相互補完的な体制を整備する努力もなされてきている。しかし、EUと比較して、相違点が多いアジアに共同体を構築するのは非常に困難だという意見が根強いのも事実である。

 さて、日本・中国・韓国の生態学会は、国際生物多様性の日(5月22日)に、世界遺産地域である中国雲南省麗江市に参集し、アジアにおける生物多様性の保全とCOP10の成功に資するための国際フォーラムを開催した。

 そこで、採択された「麗江声明」で重要事項とされたのは次の点である。(1)人間と自然の調和に基づいた保全と利用の最適化(2)科学に基づいた自然保護戦略および行動計画(3)生物多様性に関する科学的な知識に基づくエコツーリズムならびに環境都市計画(4)文化の多様性および生態に関する先住民族の伝統的な知恵(5)地域住民の参画による生物資源保全戦略(6)生物多様性の保全を促進する国際協力である。そして、今後も、アジアの持続可能な発展のために継続して努力を重ねていくことを約束した。

 東アジアを含むモンスーンアジアは、生物多様性の宝庫である。この地域の特徴には、モンスーンによる季節性、モンスーンによりもたらされる豊富な水、そして、シベリアから中国、東南アジアにかけての森林生態系「グリーンベルト」などがある。森林が発達するということは、温度、水分、ミネラルなどが必要条件を満たしているということであり、生物生産力が高い土地であることを意味する。また、生物は森林や植物などの一次生産力に依存しているため、豊富な生物多様性を支える基盤としての高い生産性が、モンスーンアジアには存在していることになる。

 和辻哲郎の名著『風土』によれば、風土とは単なる自然環境ではなくして人間の精神構造の中に刻み込まれた自己了解の仕方であるという。そして、モンスーン域における人間の構造を受容的・忍従的ととらえ、この構造を示す自然条件が湿潤であるとした。湿潤は、陸地における自然の恵みをもたらすとともに、大雨・暴風という自然の脅威は、人間をして対抗を断念させるほどに巨大なものであるという理由からだ。別の見方をすれば、風、水、自然の循環を受容し、それを前提として、人間と自然の共生に努めてきたということになろう。環境や風土といった視点でアジアを考え直してみると、豊富な多様性・相違性の中にも普遍的な共通基盤を数多く発見できるのかもしれない。









(上毛新聞 2010年7月29日掲載)