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多胡碑記念館学芸員  大工原 美智子(高崎市吉井町)



【略歴】県立女子大卒。県立歴史博物館解説員、県立自然史博物館解説ボランティアを経て、1999年から国指定特別史跡「多胡碑」をテーマとする多胡碑記念館学芸員。


古代人の名前



◎移り変わる時代を反映



 「最近の子供の名前は変わっていて、振り仮名がないと読めない」とよくいわれる。だが、古代の人の名前も相当変わっている。しかも、個人情報のガードが固い。

 名前は、この世において他人と区別するためにつけられる。古代の名前の赤人・黒人・小足(いたり)・大足(おおたり)・長脛(ながすね)・長目(ながめ)・手などは、その人の特徴をとらえた命名であろう。泥目・小屎(こぐそ)・骨など、人の嫌がる名前は、それが悪霊を追い払う霊力があると信じられていたからである。「名前のとおり、さらっても価値のない子ですから」と、子供を守ろうとする親の深い愛情が込められている。

 悪霊を遠ざけるためにつけられた動物の名前も多い。飛鳥の豪族蘇我氏には、馬子(うまこ)・蝦夷(えみし)・入鹿(いるか)。ほかに蚫(あわび)・大魚(おおうお)・堅魚(かつお)・玉虫・百足(ももたり)・虫名(むじな)・毛虫●(けむしめ)・犬売(いぬうり)・犬養・馬手・馬うまたり足・馬養・荒馬・牛養・猪いかい養・鳥養・荒熊・猿・虎など。動物が持っている強い生命力や不思議な力に守られるようにとつけられた名前なのである。

 このように、一見すると驚くような名前がかなり多い。群馬県内でも、黒目刀自くろめと(くろめとじ)・糞・鼠(ねずみ)・牝馬・▲刀自(ひづめとじ)、午足(うまたり)・馬手・鯨などの記録がある。ひと口に名前といっても、氏名・姓名・称号・諱(いみな)(実名)・通称・筆名・芸名・雅号・屋号・戒名など、種類はまだまだたくさんある。これらには、政治・経済・地理・文化・宗教など、多方面の要素が含まれている。名前のつけ方には、時代や時期によってさまざまな風俗や習慣が盛り込まれているのである。

 古代においては、基本的にそう簡単に実名を名乗らない。実名には、神秘的な呪術(じゅじゅつ)力や霊的な生命力があると考えられていた。他人に実名を知られると、呪(のろ)われて災いが及び、他人から実名で呼ばれただけで、その霊力が失われると信じられていた。実名を知られることは、他人に支配されたのと同じこととされるが、例外もある。とくに女性が名乗る場合は、相手の愛情を受け入れたという意味をもっていた。かつて「君の名は」というドラマがあったが、万葉人にも心が通い合った者にしか成立しない世界があったのだ。

 今も昔も、名前には必ず由来がある。変わった名前が多いのにも理由があり、移り変わる時代を反映するものの一つといえる。そしてあらためて自身の名前を眺めてみると、もうすでに自分も大きな潮流の中にいることに気づくのである。


                              編注:●は口ヘンに羊、▲は馬ヘンに爪





(上毛新聞 2010年8月2日掲載)