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東京福祉大学大学院教授  手島 茂樹(前橋市下佐鳥町)



【略歴】日本大大学院文学研究科心理学専攻博士課程。育英短大教授を経て現職。専門は臨床心理学。大学院にて臨床心理士を養成。日本パーソナリティー学会理事。


親からのメッセージ



◎口先より行動で伝える




 子育てを実に立派にやり遂げた熟年者に出会うことがある。ここでいう立派な親とは、我が子が職に就き、結婚もし、子育てをするころにその真価が発揮される、そういう息の長い子育てに成功をしてきた親のことである。

 もちろん親だけが偉いわけではない。その子に出会うすべての人々の結晶であると言える。学校の先生しかり、近所の子ども会しかりである。しかし、そのベースは親にある。

 では、親の何が他の人々と異なるのか。親なら皆、我が子の幸せを念じて、この世に生きる術のさまざまなことを教えている。例えば「身体は鍛えておけ」「よく遊びよく学べ」「友達は大切に」などである。

 しかし成人してみると重要な時に限ってしくじる人がいる。せっかく待望の出世をしたのに途端に鬱(うつ)になる。また、お互いに好きで、結婚まで行きそうな雰囲気なのに自分から身を引く、などである。これらはどういうことであろうか。今回は育てられる側、すなわち子ども側からこの不思議な現象を眺めてみたい。

 心理学者のバーンは、親の二重のメッセージが子どもの心に悪影響を与えていると言う。口先で伝える内容と親の実際の姿が食い違っているなら、後者のメッセージが勝るというのである。例えば「あなたは我が家の宝物」と言いながら、夜、子どもを一人置いて飲みに行ってしまう。これでは、うまいこと言われても結局は邪魔者扱い、不信感のみが残る。

 ここ一番でしくじる人とは、親のよくない行動・態度からのメッセージの結果なのである。「成功してはいけない」「皆の仲間入りをしてはいけない」「信用してはいけない」「重要な人物になってはいけない」などとは親なら誰も言っていないはずである。しかし、もしあなたが勉強に意欲的になれないなら、親の態度も考えて欲しい。「勉強しているそばでテレビに笑いこけていなかったか」。それも親の呪縛(じゅばく)から逃れるよい方法と思う。

 人は、自分の人生の主人公は自分でありたいと願う。しかし、小さいころの親の姿からのメッセージは強烈である。そういう意味から子育て同様「親育て」の重要性に気づいてきた時代と言える。私の大学院での「子育て支援」講座が案外に人気科目になっているのもそういう時代背景からであろうと思う。

 大学の食堂に行くと7人の学生が話し合っていた。近づくと養護教諭の一次試験に合格したので、次の面接試験に備えて皆でテーマを出し合って勉強をしていると言う。「何ゆえ養護の先生なの」と聞くと「子どもたちの本当の心にかかわる仕事がしたいから」。その目が実に輝いていた。この学生たちの親にぜひお会いしたいものと思う。






(上毛新聞 2010年9月4日掲載)