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外務省生物多様性条約COP10日本準備事務局   
                         橋本 幸彦
(前橋市上小出町)



【略歴】大阪大基礎工学部卒。東京大大学院農学生命科学研究科修了。農学博士。元自然環境研究センター職員。5年間、尾瀬でツキノワグマ対策に取り組んだ後、現職。


生態系の撹乱



◎生き物を放さないで




 8月初め、家族で尾瀬へ遊びに行きました。夕食も終わり、辺りが暗くなり始めた7時ごろ、研究見本園へ出かけました。天気に恵まれ、暗くなるに従って期待通りホタルが光り始めました。ヘイケボタルです。空も少しずつ星が増え始め、やがて天の川など都会では見られない満天の星々を見ることができました。

 一般的には、尾瀬の8月は花を楽しむにはちょっと物足りないかもしれません。しかし子供にとっては、むしろホタルのように動くものの方が心を動かされたのではないかと思います。「ホタルと星を見せてくれてありがと」。4歳になる長男がそっと言いました。

 ホタルは清流がないと生きられない生き物の象徴です。各地でホタルを復活させようと、環境を整えてホタルを放す自然再生活動も行われています。一方、別の地域のホタルを持ってくることは生態系の食物連鎖の撹乱(かくらん)や近隣個体群の遺伝的な攪乱につながるため否定的な見方をする研究者が多いのも事実です。

 有害な動物を減らすために、その捕食者として放す場合もあります。例えば沖縄でハブ駆除のためマングースを放ちました。しかしマングースはヤンバルクイナなど希少な野生動物も食べてしまいました。現在多大な労力と経費をかけて根絶にあたっています。

 もちろん成功例もあります。アメリカのイエローストーン国立公園では、オオカミが絶滅したためにワピチが増えすぎ、植物を食べ尽くし、生態系を劣化させていました。ワピチを減らすため、オオカミを放した結果、ワピチは減り、生態系も回復しはじめました。捕食者を復活させることで生態系のバランスを取り戻したのです。

 さらにオオカミ目当ての観光客も増え、経済的にもうまくいったようです。成功したのは、発信器などを使ってオオカミの群れを徹底的にモニタリングし、コントロールする体制ができたことが一番の要因だったのでしょう。アメリカではそのために必要な人員、予算も確保されていました。

 現在尾瀬を含め各地でニホンジカが増えすぎて希少植物が食べ尽くされたり、木が枯死しています。しかし残念ながらオオカミを使ってシカを減らすには、人員を継続的に確保できる体制がまだ整っていません。

 このほかアライグマなどのペットの放逐(ほうちく)も問題になっています。悪意から生き物を野外に放つ人はほとんどいないと思います。しかしこれが予期せぬ結果につながり、生態系のバランスを壊すことにもなるのです。

 今年、外国産のカブトムシやクワガタを飼った人も多いのではないでしょうか?決してそれらを野山に放さないでください。あるがままの自然を楽しみましょう。尾瀬のホタルのように。






(上毛新聞 2010年9月5日掲載)