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こけし作家  富所 ふみを(前橋市元総社町)



【略歴】1971年より修業。78年独立。82年全国近代こけし展新人賞。87年同文部大臣賞。2007、08年全群馬近代こけしコンクールで内閣総理大臣賞。日本こけし工芸会代表。


美術と技術



◎作りながら熟すこけし




 明るいニュースが少ないのは、何も今に始まったことではないのだろうが、幼児の虐待や、所在不明の高齢者の話など、暗い事が多過ぎると感じるのは私だけではないだろう。人の心の闇の深さを前に暗澹(あんたん)たる気分にさせられる。

 そんな中、小惑星探査機「はやぶさ」の地球帰還は多くの人々に夢と希望を与え、久し振りの明るいニュースだった。7年間、60億キロの長旅だった。途中何回かの危機を乗り越えての快挙だという。

 設計の段階からずっとかかわってきた人の話をたまたまカーラジオで聞いたが、考えられるすべての事態を想定して作られているといい、宇宙科学技術の英知と努力に、全く門外漢の自分でも拍手を送りたくなったものである。

 このことで思い出したのだが、10年以上も前になるが、私のこけし展の会場で、お客様に機知に富んだ話をしてもらったことがある。その人は埼玉県川口市で鉄工所を経営し、旋盤で金属加工をしている。

 「自分の仕事は1ミリの何分の1というような精度で仕上げなければならない。そして、そういう風に正確に作られた部品を使ってもロケットはたまに失敗することもある。創作こけしを見ていると、旋盤で木を削っているが、その太さや曲面はある程度融通性のある方がいいように思える。自分たちの仕事の対極なのだ」と。

 何か新しい発見をした時のような、安堵(あんど)した時のような笑みを浮かべながら話し、私も妙に納得した記憶がある。

 科学技術というものは良きにつけ悪しきにつけ、社会性、公共性を持たざるを得ないと思われる。それに比して、こけしを含めて考えれば、美術というものは極めて私的な営為である。それぞれの作者の意識の底に溜(た)まったものを、それぞれの感性で表出したものである。作者の内面と外部との間(あわい)で、作品は生まれてくるのだろう。主題は前提にあるにしても、作りながら熟していくものだ。その意味でこの時の話は、技術と美術の話として面白いと思う。

 こけしは回転させた木材に刃物を当てて原型を作るため、全て円形、あるいはそれに近い塊に集約された人形である。当然省略化され、その過程は作者の感性で決まってくる。省略化され、抽象化された後に残るものは、個性が生み出す精神の在りようかもしれない。

 こけしは多くを語らない。見る人の心が語りかけ、その想おもいのなかで成長し、完成されていくのだという。

 自分の作ったものが見る人の心に何かを呼び起こし、そこに静かで、豊穣(ほうじょう)な時間が生まれてくるようなこけし作りができればと思う。






(上毛新聞 2010年9月6日掲載)