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県立女子大学文学部教授  市川 浩史(埼玉県深谷市)



【略歴】徳島県生まれ。東北大大学院を経て県立女子大学文学部に。昨年設置された総合教養学科教授。博士(文学)。近著に『安穏の思想史』(法蔵館)。


柏木義圓という人



◎安中の地を生涯愛す




 かつて安中に柏木義圓(ぎえん)という人がいた。1860(万延元)年、越後与板に生まれ、1938(昭和13)年に安中で没した。群馬県下では遺憾ながら、上毛かるたに取り上げられた内村鑑三ほど著名ではないが、たいへんなスケールをもった人物であった。

 40年の長きにわたって安中教会の牧師を務め、彼の地では教会の内外で篤(あつ)く慕われた。柏木に関しては、その信仰に裏付けられた種々の議論が知られている。すなわち早くは、東京帝国大学教授、井上哲次郎を論敵とした「教育と宗教の衝突」論争、そして日露戦争非戦論や自ら所属する組合教会が侵略を目した国策に便乗して開始しようとした朝鮮伝道批判などの論戦を見ると、いずれの場合においても柏木の論に道理があり、少なくとも彼が各方面での非凡な論客であったことを証明するに足る。

 しかし今はそれらのことについては専門の論文に譲るとして、柏木と安中とのかかわりについて考えてみたい。それは柏木が安中という地を生涯にわたって愛していたということ、そしてその意味である。彼は、多少ならずあった他の地の教会などへの転任の誘いにもかかわらず、安中に留まり続けた。じつはこれには柏木家が開いた浄土真宗西光寺が義圓より9代前に安中にあったというルーツの問題もあるのだが、それ以上に柏木は彼自身として安中の地を生涯にわたって愛したのである。私はなにもこのことからひとつの地に留まらなければならないなどということを主張をする意図は全くない。私の趣旨は、あなたはあなたの地を愛していますか、少なくとも愛する準備はありますかという問いにある。

 いろいろな事情で長らく郷里を離れていることも、ついに郷里以外の地を終の棲家(すみか)とすることもあろう。しかし、そんなことは問題ではない。ある地をわが地とし、その地を愛するということは容易ではない。またそのような問いの立て方そのものも容易ではないし、耳慣れないかもしれない。

 地域主権、地方分権とか地域の商店街が寂れてきた、また村の限界集落化といったそれぞれの地の深刻な問題が指摘されている。そしてそれらの問題の解決に向けてそれぞれ並々ならぬ努力が傾けられているのを知ると、地域振興の専門家でもない者が生半可なことを口出しするのははばかられるが、柏木が安中を愛したように、「地」を愛するというファクターが忘れられていることはないのか、という危惧(きぐ)を感じることがないではない。ただ柏木の場合は彼をとらえてやまなかった信仰という基礎があってのことであったのだが。







(上毛新聞 2010年10月3日掲載)