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古代米浦部農園取締役  浦部 真弓(藤岡市鮎川)



【略歴】岐阜県生まれ。中央大卒業後、東京都に入庁。病気退職した後の1990年から藤岡市で有機農業を開始。2004年に法人化した。古代米、穀類を生産している。


有機農業者



◎自然へ恩返ししたい




 1990年から有機栽培一筋、米・麦・大豆だけを手がけて今年で20年になりました。経営が苦しい農業の中でも、壊滅的経営とさえいわれるほど収益性が低い作物を専業としてきたのは、米・麦・大豆がいのちを養う大切な穀物だからです。

 私たち夫婦は最初から農業者だったわけではありません。32歳の時、ベーチェット病を患った私は、近代医療の手を借りても病状は悪化するばかり。失明を目前にしてようやく、食養生という考え方にたどり着きました。

 だめで元々と思って始めた食養生でしたが、薄紙をはぐように症状が緩和され、治らないといわれた病気でも希望を見いだすことができました。今思えば、化学物質過敏症に似た症状もあり、市販の食材のほとんどに拒否反応が出る状態でしたから、本格的にマクロビオティックをはじめとした食養生を行うためにはどうしても農薬化学肥料を使わない米・みそ・野菜が必要でした。

 野菜は自家菜園でできても、米とみそは、米・大麦・大豆を有機栽培してくれるプロの農家がいなければ手に入りません。有機栽培という農法さえ認められていなかった時代、農薬を使わない米・麦・大豆を探しあぐねて、とうとう自ら有機農業者になりました。

 以来20年。草に負けた年もあれば、冷害に泣いた年もありました。初めて経験した今年の猛暑では、オーブンの中で炙(あぶ)られるような作業にも耐えました。苦労は数え切れないけれど、気がついたら健康を取り戻し、有機の技術も確立していました。

 後継者不足、耕作放棄地の増大と、農の現場は深刻ですが、一方で農家育ちでないからこそ、農業を職業にしたい若者も増えています。農園ではそうした若者を受け入れ、2年間の研修で技術と販売力を鍛え上げ、独立を支援しています。

 今農園にいる青年たち6人の中には、クローン病で難病認定を受けた人もいれば、アトピーで苦しんできた人もいます。一流と評される会社で心身ともにつぶれそうになって生き方を変えるために来た人もいます。農園では農作業を支える体作りということで玄米菜食が必須の研修項目となっていますが、健康上のトラブルを抱えた若者たちが、農作業で汗を流し、食事を変えることで、症状が改善されていることは注目に値します。

 有機農業は土をよみがえらせ、働く者を健康にし、食べる人にいのちを届けます。農園発足20年目の今年、私たち夫婦も「60」の坂を越えました。あと何年がんばれるかはわかりませんが、有機農業者であり続けること、そして一人でも多くの農業者を育てることで、生き直す力をくれた自然へのささやかな恩返しをしたいと思っています。







(上毛新聞 2010年10月4日掲載)