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音曲師  柳家 紫文(東京都杉並区)



【略歴】高崎市出身。1988年、常盤津三味線方として歌舞伎座に出演。95年、2代目柳家紫朝に入門。都内の寄席に出演中。著書に『紫文式都々逸のススメ』など。


芸人の修業



◎稽古の厳しさ自分次第



 私たち芸人は、たいてい師匠について勉強していきます。いわゆる修業です。そう言うと「厳しい」というイメージがありますが、実はこの「厳しい」は、自分次第なのです。

 元々自分がこの人と思って入門した師匠。その師匠が人生をかけて得てきた神髄を、縁もゆかりもない弟子が得る事ができる、しかもタダなのです。そりゃあ厳しくて当たり前ですし、師匠に役立つ事をこちらがやるのも当たり前なこと。こちらは尊敬しているだけに怒られると大変怖いものですが、またうれしいものであったりもする。弟子はそういうものなのです。

 私の師匠は柳家紫朝です。今でもよく覚えているエピソードを披露しましょう。私が入門して1年ほどたった時のことです。師匠の家に行くと、「昨日稽古(けいこ)した曲、覚えたか?」「え?」。覚えられるわけはない。何しろ歌舞伎で掛ける曲は1曲30分以上はある。「いえ、まだ覚えてません」「なんで覚えないんだ」と怖い顔。

 「申し訳ありません」と謝ると「お前、もしかして昨日寝たんじゃないか?あのなあ、覚えるまで寝ないだろ?」。何を言おうとしているのかさっぱり分からない。すると師匠はこう言った。「お前ね、面白い本読んでりゃ寝るのを忘れて読むんじゃないか?お前は三味線が大好きで、これで食っていこうとしてるんだろう。それが1曲も覚えもしないで、平気で寝られるようならプロになんてなれないんだよ」。

 後に、ある長唄の家元に「こんなことを師匠に言われたんですよ」とこの話をすると「それならボクも全く同じ事言われたよ。みんな言われるんだよ」と言いながら、自分の経験を話してくれた。

 「ボクは通いの内弟子でね。毎朝師匠の家に行って家と庭の掃除をしていたんだ。その時間に必ず稽古に来るおばちゃんがいて、『勧進帳』を習っててね。長い曲だから1年くらいかかって覚えてたね。その後にすぐ師匠が『今日からお前も勧進帳やるぞ』って。『ボクも勧進帳ができる!』ってうれしくてさ。『よろしくお願いいたします』って師匠の前に座ったら『じゃ弾いてみろ』って言われて。『まだ稽古して頂いていません』って言ったら『1年間何を聴いていたんだ!1年間聴いてて何もできないやつがプロになれるか!』って怒鳴られてね。そのおばちゃんに稽古つけながらボクにも稽古つけてくれてたんだよね、師匠は」

 師匠というのは実にありがたいものなのです。

 「つまらない仕事もたくさんある。でもつまらないと思ってやったら、芸だけじゃない、人生がつまらないだろ」と教えてくれた。その師匠は今年泉下に。今は不肖(ふしょう)私が言う番に…。こういうものは言われているうちが良いですね。









(上毛新聞 2010年10月6日掲載)