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NPO法人自然観察大学副学長  唐沢 孝一(千葉県市川市)



【略歴】嬬恋村出身。前橋高、東京教育大卒。都立高校の生物教師を経て2008年まで埼玉大講師。1982年に都市鳥研究会を創設、都会の鳥の生態を研究。



地名考を楽しむ



◎アイヌ語で読み解く



 十数年前、山本直文著『日本アイヌ地名考』(昭和40年刊)を手にして目を見張った。アイヌ語起原で説明できる地名が、群馬県内はもとより本州や四国、九州にまで広がっている。県内ではアツマ(群生する潤)↓吾妻・東、イカポップ(山越えの温泉)↓伊香保、イセ(磯、礁)↓伊勢崎、オタ(砂地)↓太田。県外では、ツクパ(尖った頭)↓筑波、フンチ(天然の火)↓富士山、チッパ(船の多数)↓千葉、ペプ(湯煙、霧)↓別府、等々である。

 著者の山本先生はフランス文学者で元学習院大学教授。個人的な話で恐縮だが、昭和20年代、軽井沢の別荘から筆者の実家(嬬恋村三原)によく訪ねて来られ、囲炉裏(いろり)の火や灰を火箸(ひばし)でつつきながら父と話し込んでいた。「鎌原やアテロはアイヌ語ですね」は今でも記憶に残っている。子どものころフナ釣りをして遊んだ浅間高原の「アテロ」は、先生によれば「ニレの森の低地」を意味するアイヌ語であった。村人の会話に出てくる「ママ」や「ピラ」は崖、断崖を意味することも分かった。

 アイヌ語起原の名があるのは、そこに先住民としてアイヌが住んでいたことを意味している。アイヌは文字を持たなかったので、後世になって漢字が当てはめられた。読み方も意味も、理解に苦しむような地名が残っているのもそのためだ。千葉県の「土気」はトケと読み沼尻を、「北方」はボッケと読み下方を意味する。読み方も語源もアイヌ語起原説で納得できる場合が多い。「鳥取」の語源は「トトル(藪の道)」であり、漢字の「鳥取」を当てはめたにすぎない。

 地形や河川などの名も興味深い。「トネイ」(沼地の川)が利根川に、「シーナイ」(偉大なる川)が品川や信濃川になった。「アパ」は「海からの入口」を意味しており、東京湾への入口は「アワ(安房)」、瀬戸内海の入口も「アワ(阿波)」である。

 『アイヌ語よりみた日本地名新研究』(菱沼右一著)では、地名についてさらに詳しく解説している。「アパ(安房)」が東京湾への入口であるのに対し、「フッツ(富津)」は出口。関東平野が大きな海であったころ「ウスイ」(湾入したところ)が群馬の碓氷であり、碓井、臼井、碓日も同じ意味だ。海が引いて陸地化していく過程で「トネイ」(利根川)ができ、「サッテ」(乾いた土地や干地、埼玉県幸手市)が形成された。さらに「サッテ・クマ」(乾いた沼)が「サキタマ」となり、漢字の「埼玉」を当てはめた。

 地名や地形などの中にアイヌ語起原の名がかなり含まれているように思う。そうした視点で各地の地名や地形を読み解くのも楽しいものだ。平成の大合併で市町村名が次々と消滅しているのはいかにも残念だ。







(上毛新聞 2010年10月9日掲載)