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多胡碑記念館学芸員  大工原 美智子(高崎市吉井町)



【略歴】県立女子大卒。県立歴史博物館解説員、県立自然史博物館解説ボランティアを経て、1999年から国指定特別史跡「多胡碑」をテーマとする多胡碑記念館学芸員。


多胡碑から観る未来



◎人と物との調和を



 和銅4(711)年と多胡碑に記された年から、来年2011年でちょうど1300年になる。この節目にその歴史を知り、この文化遺産を未来へどうつないでいくかについて考えるよい機会である。

 文化遺産のあり方を考えるとき、今後どのような開発が可能かということが最大の課題となる。開発は保護と相反するが、最近の開発や保護の方向性はかなり変化してきている。

 「意味ある形で残すこと」。人を遠ざけて管理する時代は終わり、エコツーリズムという観光を利用した活動や自然保護運動によってその価値に触れさせ、その分野の専門家の解説によって、価値を深く理解した訪問者にその環境の中で考えさせることに重点が置かれている。

 この価値付けを基準にニーズに対応することによって、大衆レベルの高い認識と支持を目指す。観光の活性化による質とイメージの向上、人材の育成などの方法で、この取り組みは世界中で盛んに実行されている。

 しかし観光は、ソフトとハードの両面で対応し、地域住民を巻き込むプロジェクトでないと長続きしない。文化遺産は、「人の住む生きた遺産=リビングヘリテイジ」であることが大切である。そのためには人と物を守ること、古来からの場所で意味をもたらし続ける質の高い遺産でなくてはならない。

 訪問者が求めるものと地元の人々が受容可能なもの、持続の可能性も追求しなくてはならない。また、インフラの解決、環境や生物への影響、渋滞や施設、レクリエーションへのアクセスの情報、資金源などについて、マニュアル管理された方法で対応することが大事である。

 中国最古の古典である『易経』の中に、観光旅行の「観光」の語源になった「国の光を観みる」という言葉がある。一国の風俗や習慣、また民の働く姿を観て、国勢や将来を知ることを意味する。また、その兆しを察することを「観光」という。多胡碑は今この瞬間も歴史を刻み続けている。文化遺産の観光管理への期待が高まる中で、時代との折り合いをつけながら人と物とが調和し、明るい未来の兆しが観える多胡碑であることを心がけたい。文化遺産が国の宝なら、人もまた国の宝である。

 多胡碑に限らず、形あるものは完成した時点で崩壊へと向かう。それを食い止める方法は最新技術をもってしても不可能である。しかし、幸いにも厚い保護の下で大切にされる場合は、その進行を遅らせて、より長く、より多くの時代の人々がその文化遺産と出合うことができるよう、私たちは心をつないでいくことができる。歴史はそこに生まれ育ち、暮らした人々の過去から未来へとつながる絆(きずな)であるのだから。








(上毛新聞 2010年11月9日掲載)