視点 オピニオン21
 ■raijinトップ ■上毛新聞ニュース 
.
座繰り糸作家  東 宣江(安中市鷺宮)



【略歴】和歌山県出身。嵯峨美術短期大学テキスタイル(京都)卒。2002年来県。碓氷製糸農業協同組合(安中)で座繰りを学ぶ。07年から養蚕も行っている。



お蚕さまのきもの展



◎養蚕文化を再認識



 今年の春に「お蚕さまのきもの展」という企画展を当工房で開催した。地域の方から昔の着物をお借りして展示するというものだ。その着物の条件は、自家用に作られたものであること。できれば、蚕を飼い、その繭から糸を取り、はた織りされたものであれば、なおのこと上等である。そうした着物や羽織、腰帯など十数点を無償でお借りすることができ、大変ありがたかった。

 当工房は、安中市の鷺宮と磯部の境にある。私の仕事は、昔からこの地域で盛んに使われた、上州座繰り器という、木の歯車を組み合わせた手回しの繰糸道具を使って、繭から生糸をつくることだ。一昨年、地域のイベントで座繰りの実演を行った際、いらしたお年寄りから養蚕や座繰りについて話を伺う中で、自家用の着物が手元にあるということを聞いた。それがきっかけとなり、開催にこぎつけた。

 企画展の趣旨は、この地域の養蚕やそこに纏(まつ)わる文化に関心を持ってもらうことにある。というのも、こうした文化が失われつつあるからだ。その一つが、自家用の着物だ。私は以前から、こうした着物に興味があり、ことあるごとに話を伺ってきたが、聞くにつけ、処分したという話が多く、残念に思っていた。自家用の着物は、先に述べた条件のもので、主に女性が担ってきた。子育てに家事、畑を耕し、養蚕の時期には蚕の世話をし、農閑期には、はた織りをしたと聞く。娘のいる家では、嫁ぐ子のために家族で蚕を飼い、祖母が糸を取り、母や娘たちで織る。そのようにして嫁入り支度をした。また、嫁に来る人のために、結納の品として嫁ぎ先で織られたものを見せていただいたこともある。これらの話は、現在の生活とは、あまりにもかけ離れていて、ずいぶんと昔のことのように感じるが、昭和20年代ごろ、農家によっては、こうした営みがあったようだ。

 この企画展のために実家の箪笥を見てくださった方がある。すると、その方の母親が、嫁入り前に自ら織った着物が出てきた。そこから、これまで聞いたことのなかった、母親の若いころの話を2人で語らう時間が持てたそうだ。このような話を伺うと、着物は、持ち主の人生やその背景を教えてくれる語り手のように思えてくる。着物は持ち主にとって、思い入れのあるものだが、着る機会の減っている現在では、それを譲り受けることも少ないのかもしれない。しかしそれがどのような経緯であつらえられたものかを知れば、簡単に手放すことはできないのではないだろうか。それは、家族の大切な宝物だ。

 企画展は、5日間で300人以上の来場となった。会期中、新たな話をいくつも伺った。群馬の人々と養蚕の深い結びつきに、感嘆するばかりだ。









(上毛新聞 2010年11月21日掲載)