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NPO法人・手をつなごう理事長  田中 志子(沼田市久屋原町)



【略歴】帝京大医学部卒。認知症を主とした老年医学専門医師。2008年「いきいきクリニック」開業。認知症啓発に取り組み、県認知症疾患医療センターのセンター長兼務。


認知症患者



◎理解深めて症状改善



 認知症に関わることがライフワークだと思い始めたのはいつだろうかと、考えることがある。私には素晴らしい「師匠」と呼べる先生方がたくさんいるが、一番の先生は同僚の医師ではなく患者さんだと思っている。これまで認知症の方と関わりながら多くのことを教えていただいた。

 認知症という疾患はまだ一般の理解が十分とはいえない。認知症による心理行動症状(BPSD)には、物を忘れることから来る不安や落ち着きのなさ、周囲に対する興奮、帰宅できなくなる徘徊(はいかい)など、周囲にはちょっと困ったなと思われることがあるからだろう。

 最近知られるようになったことだが、介護者の理解や機転の利いた対応で状態をよくすることができる。適切なケアは不安を取り除き、笑顔を引き起こすといわれている。15年前は「痴呆症」と呼ばれ、多彩な症状を示す患者さんにどのように関わったらよいのか、ケアのお手本や考え方の見本も教科書もなく、処方できる薬もなかった。

 そのため私たちは、多くの認知症患者さんたちと毎日関わっていても、対応に困って途方にくれていた。軽症の方が入院してきたことがある。介護していた夫が入院することになったからだ。彼女自身は留守番できると思っているが、火の始末を忘れてぼや騒ぎを起こしたばかりで、一人では危険と思われた。しかし本人は若くて元気。なぜ自分が入院するのか理解ができなかったのだろう。

 「先生ちょっと」と呼ばれると「自宅へ帰る」と烈火のごとく怒っている。主治医として入院の必要性を話して落ち着いてもらおうとしたが「よってたかって私を悪者にして。どこも悪くないのに連れてきて」と声を荒げた。そして叫んだ。「あんたになんかどんどん壊れていく私の何が分かるんだ。どんなに不安か」と眼を潤ませた。

 大きな金づちで殴られたような気分。「自分が病気だとうすうす感じているんだ。困っているんだ。誰にも言えないで苦しんでいたんだ」。彼女が「自分に物忘れがある」と感じているとは想像していなかった。

 当時はケアの方法も薬もない。無力な主治医だった。ただ逃げてはいけないと思った。彼女は私の一番の恩師かもしれない。今ようやく認知症の方々が自分で思いを語ろうという活動が広がり始めている。

 認知症といっても何も分からないのではない。自分でできることもたくさんある。たとえ重症になっても「この人はいま何をしてほしいのか。もし自分ならどうしてほしいのか」を考えてみる。視点を変えるだけで対応は違ったものになり得る。認知症の方に「ありがとうね」と笑顔で声を掛けられる時、この仕事をずっと続けていこうとエネルギーを頂いている。






(上毛新聞 2011年1月8日掲載)