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座繰り糸作家  東 宣江(安中市鷺宮)



【略歴】和歌山県出身。嵯峨美術短期大学テキスタイル(京都)卒。2002年来県。碓氷製糸農業協同組合(安中)で座繰りを学ぶ。07年から養蚕も行っている。


先人に学ぶもの



◎生き生きとした技術を



 前回、安中市を中心に自家用の着物をお借りして開催した企画展について述べた(昨年11月12日付)。私がこうした着物に特別な関心を持ち始めたのは6年ほど前だ。若い頃、座繰りをしていたという、当時78歳の女性に出会ったことがきっかけだった。この女性は中之条町にお住まいで、実家が養蚕を営んでいたため、結婚するまで家業を手伝っていた。実家の近くにあった光山社という製糸所に繭を出荷していた。出荷規格に合わない繭は製糸所で乾燥してもらい農閑期に座繰り器で生糸にした。その生糸で織った反物を仕立てて嫁入り先にも持参した。

 生糸とは、繭を湯で煮て解(ほぐ)れた繭糸を、必要な本数分合わせて引き出した長繊維の糸だ。この生糸にはセリシンという糊のりのようなタンパク質が付いているので麻糸のように硬い。これを取り除いて柔らかな絹糸にするには、精練という加工が必要となる。そして、大半は精練の前に、必要に応じて生糸に撚(よ)りをかける。織物は、大まかに先染めと後染めのものに分類される。糸を染めてから織るものを先染めといい、染めの材料は、その土地で手に入る樹皮や実、化学染料などだ。それに対し、後染めはまず生糸のままで反物を織る。それは、まるで麻織物だ。それを染め屋で精練して柔らかな絹布とし、見本から好みの柄を選んで染めを施す。これまで自家用をいくつも見せていただいているが、後者の着物がとても多い。この女性は、どちらも織っていて、真綿もつくっていたと、専用の木枠も見せてくださった。

 染織は今でも大学や専門校、織物教室などで学ぶことはできる。しかしその土地で生き、そこで手に入る原料からインスパイアされ生まれてくるモノやカタチ、それを表現するための技術は、授業で学べることとは違うように思う。もっと生き生きとしたものだ。手掛かりを得るため習俗調査の資料なども参考にするが、細かな作業内容を知ることは往々にして難しい。また、実物から推測してみることもできるが、つくった本人に理由を聞かない限り実際のことは分からない。そうした経験がいくつかある。そのため、人の話というのは当人には些細(ささい)なことのようでも貴重だ。私は繭から生糸をつくることを仕事としている。自家用の着物のためにつくられる糸について先人に聞いてみたいことがたくさんある。

 養蚕を学び始めて4年目に入る。繭を購入して糸取りのみをしていた頃より蚕や繭、つくる糸についての興味は深まっている。今なら以前より豊かな会話ができるだろう。もう一度、中之条町の女性と話がしたい。しかし、もうそれはかなわない。お会いしたのは数回であったが、今ではこの女性に教えていただいたことが、自家用の着物を見る際の指針となっている。







(上毛新聞 2011年1月19日掲載)