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建築家・著述家  武澤 秀一(東京都国分寺市)



【略歴】前橋市出身。東大卒。工学博士。1級建築士。同大、法政大で講師を兼任後、現在は放送大学非常勤講師。著書に「神社霊場ルーツをめぐる」(光文社新書)など。


建築と建物



◎違いは文化価値の有無



 日ごろ、建築という語をよく使います。建築を目にしない日は、まずありません。そしてどなたも一度は、1級建築士という資格を耳にしたことがおありでしょう。さて、この資格が扱うのは建築でしょうか、それとも建物でしょうか?

 いや、その前に、「建築」という語が明治の文明開化の所産であることをご存じでしょうか? 実は、英語アーキテクチュアの訳語なのです(コンピュータ用語のアーキテクチャは、建築からの転用)。

 建築という語は普通、建物(=ビルディング)を指しますが、建築の原語であるアーキテクチュアは違う意味をもっています。

 欧米においてアーキテクチュアとビルディングは厳しく区別されます。単に実用を満たすための、技術と経済の産物(=建物)を超え、市民から文化的価値が認められて初めて建築と呼ばれます。「建築」とは、建物としての側面だけでなく、設計思想や文化的側面を含む概念なのです。

 従って建築家は、用途や技術そして経済に基づいて設計するだけでなく、文化的価値を生みだす務めがあるわけです。文化を胚胎(はいたい)する建築が集積して文化的環境が形成される、という思想が根底にあります。

 冒頭の問いに戻りましょう。「建築」士が扱うのだから建築か…。いいえ、答えは「建物」。資格試験の内容を見れば一目瞭然です。1級建築士には建物を建てるための知識と技能が求められるのであって、建物を建築に高める力はほとんど問われていないことが分かります。そう、1級建築士とはビルディング・エンジニアなのです。つまり戦後、この社会は「建築」を求めなかったとすらいえるのです。

 高度成長期も去り、建設ラッシュも遠い過去のものになりました。今、世間では景気対策が叫ばれ、その一環として公共事業があります。しかし、目的とする価値の達成のために事業があるのですから、話が逆ではないか。そろそろ発想を転換する時と思うのです。

 建築に引きつけていうなら、需要減少を契機として、社会における建築の役割を根本的に見直し、適切に位置づけたい。もちろん良質の建築を生みだすことは大切ですが、もはや建てることだけにこだわっている時代ではありません。地域の個性や歴史・伝統を生かし、環境の文化的価値を高めるよう、その再整備が求められているのです。

 周囲を改めて見直し、郷土のかけがえのない文化的価値を掘り起こして再発見すること、それが第一歩ではないでしょうか。わが郷土にはその素地が十分にあります。これを生かして郷土の文化的価値を高めてゆく。それこそが昨年12月3日付本欄で述べたように、成長期を過ぎた社会において本当の豊かさに至る道だと思うのです。








(上毛新聞 2011年1月31日掲載)