視点 オピニオン21
 ■raijinトップ ■上毛新聞ニュース 
.
NPO法人・県スローフード協会理事長  田中 修(高崎市浜尻町)



【略歴】 渋川市北橘町出身。九州大大学院修了後、1976年に県庁に入庁。県農業試験場、農業担当理事兼農業局長を経て、2008年から現職。放送大学講師も務める。



スローフードの哲学



◎食と農と地域を元気に



 イタリアに由来するスローフード運動の基本理念は、ただ、「ゆっくりと食べる」ということではなく、食と食生活のリズムを大切にし、人間性の回復、人間の尊厳を取り戻す運動です。活動の指針として、(1)地域の伝統的な食材や料理を守る(2)味覚の教育や食育を推進する(3)農業者等小生産者や調理人を支援する―を掲げています。

 この運動は、基本理念や活動指針の分かりやすさから、多くの国々の人々に理解され、瞬く間に全世界の運動となりました。日本でも閉塞(へいそく)的な食と農の現状の中、農産物直売や地域おこしなどに導入され、各地に浸透しています。

 スローフード運動は、多様性の認識と尊重の運動です。グローバル化の時代、ファストフードの進出に典型的にみられるように、世界の食と農の画一化・大量生産化が急速に進んできました。しかし、もともと世界各国の食と食文化、それらの土台となる農業は独自の長い歴史を持ち、実に多種多様です。この多様性こそ尊重されるべきで、日本の伝統的な食と食文化、地域農業の個性はもちろん、私たち、群馬の伝統的な食と食文化、農業の個性も尊重していかねばなりません。それは、地球上における生物多様性や持続可能性を尊重し、守ることにもつながります。スローフード運動では、地域の伝統的な作物や食材を守る「味の箱船」等の取り組みや有機農業や環境に優しい農業の取り組みを推進しています。

 スローフード運動の創始者であるカルロ・ペトリーニ国際協会会長は、いま食を見直す判断基準として「おいしい、きれい、ただしい」の三つを挙げています。「おいしい」は幸せなこと、「きれいは」環境に優しい、「ただしい」は食べ物を作る生産者がきちんと評価されること、と理解しています。

 食や食文化、農業は、市場経済の競争原理だけでは、決められないものがあります。GDP(国内総生産)中心の経済成長と競争、技術開発と物づくりのスピードを競う時代がもたらしたものは、格差社会、農業と地方の衰退、環境問題でした。資源や環境面からも、GDP中心の経済成長には限界があります。

 スローフード運動では、社会の多数を占める消費者を「共生産者」と位置づけ、小生産者・農業者と消費者が連携して、食と農のあり方を変え、地域に元気を取り戻すための生活革命、社会革命を目指しています。インドのノーベル経済学者アマルティア・セン博士は人類進化の物差しとしてGNH(国内総幸福量)を提唱していますが、いまはまさにGDPからGNHへの転換の時期にあります。食と農、生活と環境を重視することから地方の元気を生み出そうというスローフードの哲学も、この転換への大きな力になるはずです。






(上毛新聞 2011年2月19日掲載)