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自然学舎「どんぐり亭」亭主  加藤 久雄(高崎市元島名町)



【略歴】新島学園高、同志社大文学部卒。高崎豊岡小教諭、樹木・環境ネットワーク協会員、グリーンセイバー・マスター。著書に『どんぐり亭物語』(海鳴社)。



教えない教育



◎気づきを待つゆとりを



 子供を授かった教え子から手紙が来た。

 「私初めて気がついたんです。人は生まれた時、何もできないんですね。それを誰かがずっとそばについて、自分のやりたいことも我慢して世話をする。そうやって初めて、子供は自分でいろいろなことができるようになるんですね。考えてみると当たり前のことだけど、子育てを始めるまで、それすら気がつかなかったんです。子育てはつらいこともたくさんあるけれど、親や先生たちから受けた恩をこの子に返すつもりで頑張ってやっていきます」

 良い「気づき」だなあ。元担任より、ずっと立派に成長している。

 教育は「教える事」と「教えない事」で成り立っている。そして、特に「教えない事」の効果が重要なのだ。これが自分で気づくということ。気づき始めた人間は自分から人生の意味を理解し、どんどん進歩していく。しかし、ただ教え込まれた人間は、教え込む手が止まると、頑張ることをやめてしまう。

 ある航空会社のパイロットの方がおっしゃっていた。「パイロットになるための教育も効率化が進んで、昔100時間かかったものが、今では30時間でマスターできる。確かに仕上がるが、決められたことはできるけれど、予定通りでない何かがあったら途端にできなくなる」

 これは今の日本のすべての教育に言えることではないだろうか。

 学校の教育もどんどん効率化が進んでいる。やるべきことがあまりにも増えた。一つの単元や課題にじっくり取り組むということは難しい。わずかな時間で効率よく次から次にこなし、何とかできるようにしてやらなくてはならない。パイロットの教育と同じだ。

 失敗させて学ばせる。教えないで見取らせる。つまり、自分で気づかせることはできなくなっている。

 手紙の子の時代にやったこと。小学校でそれぞれこんなクラブを作りたいという6年生が、体育館に出店し仲間を勧誘した。自分のクラブの魅力を伝えられない所は誰も集まらずつぶれた。野外学習で飯ごう炊さんの火加減を間違え、黒こげになった。運動会の組み立て体操で5年生の塔が崩れた。翌年、同じ子で再挑戦させてほしいと言ってきて、見事完ぺきに作り上げ、演技後、大泣きした。

 気づかせる教育には時間がかかる。しかし、長い目で見たら細かく教え込む教育よりはるかに深い。この子の手紙はそれを教えてくれている。彼女は人生の困難に出くわした時、きっと自分で気づき、乗り越えていくだろう。

 それにしても、今の日本社会がもう少し子供の失敗を見守り、気づきを待てる教育を施すゆとりを教員たちに与えてはくれないだろうか。







(上毛新聞 2011年2月22日掲載)