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NPO法人・手をつなごう理事長  田中 志子(沼田市久屋原町)



【略歴】帝京大医学部卒。認知症を主とした老年医学専門医師。2008年「いきいきクリニック」開業。認知症啓発に取り組み、県認知症疾患医療センターのセンター長兼務。


徘徊SOSネット



◎命は宝早期発見へ連携



 認知症の方は、時間や空間の認識が出来にくくなる。最近の記憶をとどめておくことは苦手であるが、古い記憶は頭の中に刻まれている。そのため、「家へ帰ろう」と思う時、その家はすでに取り壊されている生家だったり、どこにいるのか混乱して帰らないといけないと思い、出かけてしまったりする。そして帰ろうと思う家までの道のりは、自分の中に刻まれている景色と全く違う光景で、タイヤ跡の真ん中に草が生えていたガタゴト道は2車線の大きな舗装道路になっていたりする。

 あてどなく歩き回ることを徘徊(はいかい)という。認知症の方が歩き回る時、その方には歩く理由があることが研究で分かってきたが、理由を聞き出すことや理解することは大変難しい。結果的に私たちから見ると「徘徊」の末、行方不明になってしまうことが少なくない。

 徘徊する認知症の方を出来るだけ早期に発見する仕組みを徘徊SOSネットワークと呼ぶ。沼田市では2005年からこの取り組みが積極的に行われてきた。認知症の方の居場所が分からなくなり、家族で探しても見つからない時に警察署へ届け出をする。警察署から登録してある行政や職能団体、民間のいくつもの事業所に行方不明者発見依頼のファクスが一斉に送信される。

 ファクスを受け取った事業所は、さらにその関連の施設へファクスを送信する。こうして100カ所以上の組織へSOSファクスが届くのである。出来るだけ早く、多くの人たちが捜索することが安全に発見する大きな力になる。

 実際にネットワークにより無事発見された事例は多い。しかし、いざという時のために訓練は重要である。沼田市では徘徊者を探す模擬訓練を07年から行っている。初年度は実際にどういった形でファクスが発見に役立つのか、2年目はどういった言葉の掛け方が迷っている認知症の方を救うのか、3年目は市の郊外からの行方不明者は誰が見つけるのか―など、目的を変えて繰り返してきた。行政や防犯パトロールの方々、警察署や消防署、地元ラジオ局など、多くの方の参加と協力があってこその訓練である。

 数年前、娘が捜索模擬訓練に出かける私に「その訓練は宝探しみたいだね」と言った。体に電流が走った気分。そうだ、命の宝探し…。今年は、小学生が大切な命の宝探しに参加する。きょう2日に行う徘徊者を探す模擬訓練。お年寄りを大事に思う気持ち、認知症の方を支えようという気持ちを胸に抱きながら臨んでほしい。子供たちは目を輝かせて参加してくれるだろうか。






(上毛新聞 2011年3月2日掲載)